オーストラリアの主権が中国によって脅かされていることは、わずかな数の中国研究者や政治系のジャーナリスト、戦略専門家、諜報部員たちの間では知られている。主権が奪われつつあることを許している背景にあるのは、「中国だけがわれわれの経済成長を保証できる」という考えだ。
「オーストラリアの主権にどれほどの価値があるのか」と問われたら多くの人は、「それほど高くない」と答えるだろう。しかし、学校や大学、職業団体やメディア、鉱山業から農業、地方議会から連邦政府、主要政党といった自国の制度機関が、中国共産党の関係機関によって浸透され、影響のメカニズムに誘導されていると知ったら、きっと見方を変えるにちがいない。
近年になってオーストラリアの一般国民は、自分たちの国と中国との関係にややネガティブな面が出てきたことにいらだち始めている。中国からの移民の流入数はかつてない速いペースで進んでおり、シドニーの一部はまるでオーストラリアではないような雰囲気だ。中国系の学生は超優秀なエリート高校を独占しつつある。中国の億万長者たちはオーストラリアの政治家に対して多額の資金提供を行っており、大きな影響力をもち始めている。
世界に広がる500万人以上の華僑を動員するために、中国共産党は華僑を狙った多方面にわたるきわめて精緻化されたプランを作成している。そのターゲットには、100万人を超えるオーストラリア在住の中国系市民も含まれる。華僑を管理するこの「僑務工作」により、華僑を使ってオーストラリア国民全体を親中的にし、北京がコントロールしやすい社会に変えようとしている。具体的には、中国系の人々を組織票として動員することや、中国系の議員を当選させたり、政府高官を送り込んだりすることなどが見込まれている。
北京は、オーストラリアを西洋諸国の中の「最弱の鎖」と見ている。アメリカの世界的な展開を断ち切り、国家主席である習近平が掲げる「中国の夢」を実現するための戦略を実験できる、理想的な場所だと位置付けている。中国共産党が、それまでの政策を一変させて中国系移民を奨励するようになったのは、まさにこの理由からである。
2014年5月、シドニー工科大学に豪中関係研究所を設立する目的で、中国系の富豪実業家は180万ドルを寄付した。そのうえ、労働党の元外相でニューサウスウェールズ州知事を務めたこともあるボブ・カーを所長に任命した。オーストラリアの政治に北京の世界観がいかに浸透しているかがわかる事例である。
ニューサウスウェールズ州の野党のリーダーとして天安門事件と中国の一党独裁体制を批判していたボブ・カーが、「豪中関係に関しては、あえてポジティブで楽観的な立場をとっている」と宣言するまでになっていた。すっかり親中派となったその変わりようはすさまじいとしか言えない。
しかし、「学問の自由」や「知的な独立性」という点で創設当初から問題だらけの組織だ。財務状況は不透明なままであり、研究所が主催するセミナーや出版物が「中国政府のプロパガンダ」に似ているとの指摘も出ている。研究所では、中国の行う人権侵害などに関する鋭い批判は禁止されている。
オーストラリアは、中国からの大規模な資本流出先としてアメリカに次ぐ第2位である。しかも、アメリカは2007年以降に累積で1000億ドルの新たな投資を中国から受けているが、オーストラリアは900億ドルという調査もあり、その差はそれほど大きくない。オーストラリアの経済はアメリカの13分の1であることを考えれば、オーストラリアに流れ込んでいる中国資本はアメリカへの流入分に比べて12倍の大きさということだ。
2016年は中国からの投資額が最大になった。ビジネス契約やインフラ、農業投資などで過去最大の記録を更新している。中国人の農地の所有数も上昇しており、イギリスに次いで2位になっている。豪中自由貿易協定はそうした耕地の買い占めにむしろ協力している。
オーストラリアは長年にわたって、中国からのあらゆる投資をまったく疑うことなく歓迎してきた。政財界のエリートは、自分たちを「最もオープンな経済」と示すことが正しいかのように振る舞った。したがって、オーストラリア北部の防衛に決定的な港を人民解放軍に関連のある企業が購入することに対して、呑気に構えていたのだ。
しかし、2016年にターンブル政権が問題に気付く。
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