たった一つの言葉が人生をジャンプさせることがある。それは、ごく短い言葉であることが多い。
あるとき著者は、後にリクルート初のフェローとして活躍する藤原和博氏に声をかけられた。面識があったとはいえ、雲の上のような存在である。
当時の著者は、すでにリクルートを退社し、MBA留学を目指して受験勉強をしながら、留学費用を稼ぐためにいくつかのビジネスを手がけていた。「今、何をやっているのか」と問う藤原氏に、著者は「留学費用を貯めるためにヤマメの養殖をしながら、クリスマスツリーを植えている」と答えた。年末にはクリスマスツリーとして需要が高まるモミ、イチイ、ドイツトウヒなどの木の苗の植林を、「クリスマスツリーを植えている」と表現したのだ。
「クリスマスツリー」という言葉がなぜか藤原氏に刺さり、プレゼントでツリーを配達するという注文を受けることになった。それをきっかけに藤原氏は、いろいろな人を紹介してくれるようになったのだ。その後、コンサルタントとして独立し、ここまでやってこられたのも、この時の出会いがあったからだと著者は振り返る。
「留学のためにお金を貯めている」と答えたら、その後のつながりはなかったかもしれない。それ以来、話の中ではなるべく具体的な言葉を使うように心がけている。
人生のターニングポイントでは、短い言葉が決まると歯車がかみ合ったかのようにいろいろなことが動き出す。ここぞという場面では、「短く強い言葉」を発することが大切なのだ。
「伝える力」は大切だが、ただ伝わるだけでは足りない。伝えたことにより、相手に行動を起こしてもらう必要がある。「すごい新商品が発売した」と伝えたら、相手に「すごい」と理解してもらうだけでなく、買ってもらわなければならない。
そのために必要なのが「摩擦熱」だ。発信した人と受信した人の間で言葉の摩擦が熱を生む。それによって、相手が行動を起こすイメージだ。摩擦といっても悪い意味ではなく、相手をカチンとさせるわけではない。言葉で相手のやる気を引き起こし、いい気分にさせるような摩擦だ。摩擦熱が起こるのは、(良い意味で)気にしていることや好きなことを言われたときである。そのベースにあるのは、感情だ。
言葉を発するとき、つい自分目線で自分が伝えたいことを発してはいないだろうか。大切なのは、相手のことを考える「for you感」である。プレゼントを渡すときのように、受け取った相手がどう感じるかを考え、最も伝わる言葉を選ぶことが必要だ。相手の身になって考え、「感情移入」する。当たり前のようでいて、実践できている人は少ないものだ。言葉を発する前に、一瞬だけでも「for you感」を意識してみよう。
会話の摩擦熱を起こすための簡単な方法は、「相手のことを口に出す」ことだ。初めて研修を担当する会社で、著者が自己紹介をしているときは、みんな漠然と聞いている。しかし、「御社に2年くらい通ったあと、人事の○○さんからセミナーのチャンスをいただき……」など、相手の会社や社員のことを話し始めた瞬間、雰囲気が変わる。
個人名や会社名、出身地などの固有名詞は、簡単に摩擦熱を引き起こす。とはいっても、相手にどんな言葉が刺さるかわからない。だから、数多く連続して固有名詞を使うことがポイントとなる。
会話の中で、相手の名前を呼ぶことも効果的だ。営業が強い会社のトップセールスは、相手の名前や役職を連呼するという共通点がある。
これを応用したテクニックに、リーダーがメンバー全員に何かを伝えるとき、個人名を挙げるというものがある。「〇〇さんの頑張りで」など、ところどころでメンバーの名前を入れるのだ。自分の名前を呼ばれた人はもちろん、他のメンバーも自分の名前が出てくるかもしれないと考え、集中して聞くようになる。ただし、名前を呼ばれなかった人が不満を持つ可能性があるため、注意が必要だ。
相手に感情移入して話すためには、深い部分で相手を理解し、言葉を発さなければならない。相手の名前を呼んだり、相手に関連する固有名詞を使ったりすることは、相手に関心を持つための第一歩である。
できる人は、短く刺さる言葉で強い印象を与える。一方、話が長い人は、うまく意図を伝えられないうえに相手から嫌われる。しかも、自分の話が長いことを自覚していないことが多々ある。「必要なことを伝えていて話が長いのだから、悪いことではない」「自分は話がうまいから気にならないはずだ」と考えていることさえある。
どんな話でも、長い話は伝わらないし、嫌われる。周りは指摘しにくいから、言えないだけだ。自分で話が長いことには気づきにくい。
「思いつくままに話す」人は話が長い。原因は、論理的思考ができていないことにある。話がそれてもそれに気づかず話し続けるにもかかわらず、自分の話に酔っていて言葉は流暢で自信ありげであることが多い。口癖は、「そもそも」「逆に」「でも」「要は」などだ。
自分がそういうタイプだとしたら、まず話をする前に内容を整理しよう。話のゴールを書き出すのがおすすめだ。自分なりの結論を出し、常にそれを意識して話すことで、話がそれても戻ってくることができるようになる。
自分が優秀であることをアピールしたがるタイプはやっかいだ。自分を大きく見せようとするあまり、とにかく話が長くなる。
たとえば、「業界ではこんな動きがある」と伝えればいいだけなのに、「自分も注目していた」と先見性のアピールをしたり、「昵懇の間柄のA社のB専務から情報を聞いていた」などと不要な人脈自慢を入れてきたりする。トピックスを一つ話すごとに自分のアピールを挟んでくる人は、とにかく話が長くなる。聞いている側は、「すごいね」などと言うものの、内心うんざりしているはずだ。話せば話すほど嫌われる。わざと専門用語や難しい言葉を使って自分の優秀さをアピールする人も同様だ。相手に理解してもらわなければ、摩擦熱は起こりようがない。
こういう人が2人以上いると、マウンティング合戦が起こり、さらに話が長くなっていく。こういう人たちは、自分を大きく見せようとするほど、「悪い摩擦」が起こることを理解していない。相手にマウンティングするのは、自信のなさの表れだ。アピールするほど、周りからは「そんなに自信がないのか」と思われると心得よう。
学校の校長先生の訓示や朝会の社長の話が長く感じるのは、つまらないからだ。その原因は、自分軸で話していることにある。自分が話したいことを話した結果長くなり、「for you感」がないのだ。「たとえを入れたほうがわかりやすいか」「失敗談を入れると和むかもしれない」など、相手がどう思うかという軸を持てるかが、伝わるか否かを決める。
相手が興味を持っていないことは、耳に入っていないと思ったほうがいい。だから、「前にも言ったのに」という言葉は封印すべきだ。何度も同じ話をしていると、つい言いたくなってしまう言葉であるが、言われたほうは覚えていないことを責められたと感じてしまう。責めるようなニュアンスでこの言葉を多用すると、相手の心が離れていく恐れがある。
経営者には、「大事な話は繰り返し何度もする」という人が多い。「一度で伝わらないかもしれない」ことを知っているからだろう。
聞いていない相手が悪いのではない。話を聞かせていない自分に原因がある。繰り返し、相手が関心を持てるような話をするようにしたい。同じことを何度も繰り返すのは、究極の鉄則だ。
ここからは、短い言葉で心をつかむための言葉やテクニックを紹介していく。すでに述べたように、話の中で摩擦熱を起こすためには、具体的な言葉を使うことが重要だ。特に有効なのが「固有名詞」である。仕事を聞かれた際に、「都心で働いている」ではなく、「AIを使ったマーケティング事業を手がける〇〇社で働いている」と言ってみる。より言葉が強くなるので、印象に残りやすいはずだ。相手に響く言葉が何かはわからない。だから、複数の固有名詞を話に入れて、フックを増やすようにするといい。そうすれば、多くの人の心に摩擦熱を起こす可能性が高くなる。
相手に感謝を伝えるときも同様だ。単に「ありがとう」と言うのではなく、「A社のプレゼンの資料作りを手伝ってくれてありがとう」とより具体的に伝える。こうすると、何に感謝をしているかが伝わり、相手の心に響きやすくなる。
伝わるからと、普段から「あれ」「これ」ばかりを使っていると、いざというときに固有名詞が出てこなくなってしまう。まずは、普段から固有名詞を使って話すことを心がけよう。
相手が自分を尊重してくれると嬉しくなる。その心理を生かしたのが、相手を主語にする話し方だ。
代理店で働くAさんは、自分のアイデアを実現したいときに使う裏ワザがあるという。「このアイデアは、部長がこの前言われた顧客離脱率の低下につながると思う」と、「あなたが言ったことを実現する」という体で話すのだ。上司は自分の意見が重視されていると感じ、スムーズに話が進む。
主語を相手にすると、相手は無意識のうちに話を自分事にしてしまうのだ。すると、相手の中には話を聞くモードができあがる。これは営業の世界ではベーシックな手法だ。
このテクニックはあらゆる場面で役に立つ。たとえば、コンサルタント会社で働くSさんは、部下が困っているときは、「あなたの強みで勝負しよう」を伝えるという。部下を主語にして強みを伝えることで、部下の迷いは減り、仕事に集中できるようになるのだ。逆に上司から「こうしろ」と指示をすると、上司が主語になり、部下はやらされ感を感じてしまう。
何かを伝える場合、「相手を主語にできるか」を意識してみよう。「あなたがおっしゃった」と言われたら、相手はもう断れない。
著者が出会ってきた「頭のいい人」の中には、出世街道を駆け上がったり、重要な地位に抜擢されたりする人がいる一方で、そのまま埋もれてしまう人もいる。その分岐点は、言葉にあるのではないだろうか。
後に著名企業の役員になったYさんは、新卒で入社した会社で、すぐに頭角を現した。しかし、年功序列型の会社で、知識もやる気もない管理職に相当なフラストレーションを溜めていたという。その上司の上司と面談をした際、上司に対する批判や悪口をぐっとこらえて、「私にやらせてください」「私ならこうします」と言ったという。Yさんの言葉に強い印象を受けた上司の上司の引き上げにより、20代という異例の若さでプロジェクトリーダーに抜擢された。その後、Yさんの活躍が目に留まり、外資系コンサル会社にヘッドハンティングされた。最終的に、Yさんは外資最大手企業の管理職にまでなったのだ。
抜擢される人の多くは、他人や他部署の批判はしない。「私ならこうする」という視点で話す。その言葉に動かされ、周りは「任せてみようか」という気持ちになるのだ。悪い部分を指摘したい気持ちをこらえて、「私がやる」と言えることが、分岐点となるのだ。
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