本書では、日本神話を世界の諸民族の神話と対照させながら、その源流を探る。対照研究によって日本神話の系統を考えることで、個々の話や、それらをまとめあげるために用いられている枠組み、また、表現されている思想などが、いつ、どのような経路で、どのような文化によって運ばれて日本へ伝播したのかを明らかにする。
フランスの言語学者・神話学者であるデュメジルの神話比較研究によって、日本神話の起源に関する新たな見解が示された。それは、日本神話が、ユーラシア西部の印欧語族の文化圏から決定的な影響を受けているということだ。日本神話と印欧語族の古神話との間には、偶然の所産とはいいがたい、細部まできわめてよく一致した構造が見られる。この印欧文化圏からの神話の伝播は、具体的には、ユーラシアのステップ地帯に生きたイラン系騎馬遊牧民の神話が、アルタイ系遊牧民によって媒介され、朝鮮半島を経由して日本にもたらされたと考えられる。この伝播の経路にあったであろう、スキュタイや古代朝鮮諸国などの神話の中には、これを裏付ける材料も発見されている。
しかし、日本神話の起源のすべてが印欧文化圏からの影響によって説明されるわけではない。日本の言語・民族・文化などの系統が一元的ではないように、日本神話もさまざまな起源を持つ要素の混交によって複合的に構成されていると考えられる。したがって、印欧神話との比較という新しい視点は、これまで行われてきた他地域との比較を無意味にするものではない。
これまでの研究から、印欧文化圏と並んで日本神話に影響を及ぼしたのは、中国の揚子江以南からインドシナ、アッサムにかけての東南アジアの地域であることが明らかにされている。これらの地域からは、水田による稲作と焼畑による雑穀栽培の2種の農業形態が伝播したと考えられている。こうした農耕文化に随伴した神話が古典神話の中に取り入れられていることは、当然予想される。
本書では、印欧語系諸民族の神話と日本神話の関係について、東南アジアやオセアニアとの比較との成果を照らし合わせながら、日本神話の系統について全体的な眺望を与える。
日本神話が世界の諸民族の神話と比較されるようになって、まず注目されたのは、ポリネシアやミクロネシア、インドネシアなど、南太平洋の島々に伝わる神話との類似である。なかでも、海幸彦・山幸彦の神話を中心に構成される「日向神話」の部分と、イザナギ・イザナミを主人公とする神話には著しい類似が見られる。
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