名古屋で40年以上続く鮮魚卸業を営む魚屋、寿商店。
保育園の年中~年長の頃、著者の父親が園にやってきて、子どもたちの前で「ぶり解体ショー」をしたことがあった。切り身の魚しか知らない子どもたちに、「丸ごとの魚」を見せてあげるためだった。保育園の友だちから「かっこいい!」と絶賛される。普段の仕事でもお客さまから感謝される父親の姿を見て、魚屋という職業に対するプライドを自然と持つようになった。
小学校の卒業アルバムに書いた将来の夢は「親のあとつぎ」。父親から「継いでほしい」と言われたことは一度もなかったが、父方の祖母からは「(お父さんの)嶢至を支えてやってちょうよ」といつも言われ、その期待がうれしかった。魚屋が自分の仕事だと意識するようになったのはそれからだ。
寿商店を継ぐことは決定事項だったが、大学卒業後は別の企業に就職することを決めていた。寿商店には、新社会人ではなく即戦力として入社したかったからだ。
スマホが普及し、ネットショッピングが盛り上がりつつあった当時、「楽天市場に出店したが、思うように売れない」と父親から初めて仕事のことを相談された。しかし何も答えられず、役に立てないくやしさを覚えた。就活で楽天(現・楽天グループ)にエントリーしたのはそれがきっかけだった。
無事に入社してから1年、父親の体調不良をきっかけに退職を決意した。寿商店で働くと決め、「入社願い」を書いた。娘としてではなく、将来の会社の戦力として入社するためのけじめをつけたかったのだ。
寿商店に入社して、あらためて「魚が好き」だと気がついた。仕入れて、さばいて、食べてもらう。ゴールのない魚屋の仕事は「魚への愛」なしには続けられない。魚屋はやはり適職だった。
企業アカウントからのSNSでの発信はいまでこそ当たりまえだが、寿商店に著者が入社した2011年当時は、そこまで流行っていなかった。寿商店がSNSでの発信を始めたきっかけは「たまたま」だった。
お正月には店頭限定で販売していた「海鮮生おせち」は、手頃な価格ながら多くの手間がかかっており、一から手づくりしていることを伝えたくなった。そこで、料理人の作業を撮影し、フェイスブックとブログに投稿をしてみた。
「手作業の温かみを感じて、素敵なお正月を迎えることができました」といったお客さまからのうれしい反応をもらえた。商品づくりのプロセス、寿商店の仕事そのものが、共感を呼ぶ付加価値をもっていることに気がついた。
YouTubeチャンネル『魚屋の森さん』を始めたのは2020年3月。人気YouTuber「きまぐれクック」さんがレシピを制作し、寿商店が調理と販売を担当するイベントへの出店がきっかけだった。
予想をはるかに超える人数が集まり、小学生まで「通風鍋」を買いに来た。通風鍋の主な具は、かきや白子、あん肝で、「子どもが喜ぶ料理」というイメージはない。でも最近の子どもは、白子が「たらの精巣」だということもネットで知っていた。YouTubeが食育の手段に使えるかも、と興味をもった。
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、家で魚を調理して食べる人を増やすためにも、配信を決意した。しかし食レポでは挙動不審になる。魚をさばくシーンも、これまで人にどう見えるかを意識したことがなく、苦労した。
共感や応援のコメントは大きな励みになった。「子どもとYouTubeを見ていたら、魚を食べたいと言い出したんです」というお客さまの声もあった。文字ではなく動画なら、「魚はおいしい」というメッセージを子どもにも直接届けられることを実感した。
企業アカウントであっても、大切にしているのは「自分たちの価値観に沿う内容」を発信することだ。担当者が自分の投稿に共感できなければ継続は難しいし、人の心は動かしにくい。人は「人」に共感する。情報に加えて、人の「思い」がきちんと伝わる。それを可能にするのが「共感ベース思考」だ。
本当に伝えたいことを発信するとはいっても、表現の仕方には気を配る。「だれに届けたいのか」「情報を受け取る相手にはどう見えるか」を念頭に、表現を工夫する。
寿商店がSNSで新商品をPRする場合、商品の企画段階から投稿する。たとえばふりかけをつくるなら、次のような流れになる。
3,400冊以上の要約が楽しめる