ウェルビーイング(well-being)は、直訳すれば「良好な状態」となるが、最近は「満たされた状態」と訳されることも多い。
狭い意味での心身の「健康」はもとより、心の豊かな状態である「幸福」と、社会の良好な状態をつくる「福祉」を合わせた、「心と体と社会のよい状態がウェルビーイング」である。本書は、そのなかでも特に「幸せ」を中心にみていく。ちなみに、「楽しい」「うれしい」などの感情を表す英語のハピネス(happiness)は幸せの一部である。
最近は、日本社会でもにわかにこの言葉が注目を浴びている。
いま各国が積極的に取り組んでいるSDGsの3番目の目標に、「Good Health and Well-Being(すべての人に健康と福祉を)」とあるのは周知のことだ。一方で本書で扱っているウェルビーイングは、健康・幸福・福祉を包含した概念であり、SDGsの上位概念と考えることもできる。
SDGsに代表されるように、地球規模でよりよい社会をつくる規範を設けようとするうねりがある。そして、人間の主体性を取り戻し、「経済発展の社会位的課題の解決を両立する人間中心の社会」を目指した、ソサエティ5.0の考え方も出てきた。ここには、人類史上の大きな転換点があると考えられる。
20万年前に誕生した人類は、当初は狩猟採集生活であったが、食料に対して人が増えすぎたため、約5万年前に人口が定常化した。約1万年前に農耕が始まると再び人口は増加に向かうが、やがて農業生産にも限界が来て再び定常化する。
次に工業が起こり、産業革命を経て、再び人口増に向かった。地球環境に限界が訪れ、日本のように少子化の進む国もある現在は、3回目の定常化に向かうその曲がり角にあるだろう。
定常化の社会は、人類史的に見ると決して衰退社会ではない。一度目の定常化の時代は、人類が壁画などのアートを発明した、「心のビックバン」と言われる時期だった。2度目の定常化のときには、ギリシア、インド、中国などの文明都市に思想や、宗教の萌芽が生まれた。
このように、定常化の時代は文化が花開く時代である。日本は人類史20万年における3回目の定常化の曲がり角を、最初に曲がろうとしている国であるといえるだろう。
ここにきてウェルビーイングに関心が集まるようになった背景に、こうした大きな時代のうねりがあることを見逃してはならない。
それでは、こうした時代の動きに各国はどのように対応しようとしているだろうか。
日本では健康経営と働き方改革の文脈で捉えられている。経済産業省が掲げる健康経営では、単なる身体的健康だけでなく生産性の向上や組織の活性化など、もう一歩幸せに踏み込んでいる。働き方改革でも同様に、ただ時短などに取り組むだけでなく、ウェルビーイングを高める形であるべきだ。
幸福度を下げる一番の要因は孤独・孤立である。英国では2010年に、国家としてウェルビーイングに取り組むと宣言をして、統計局が国民の幸福度(GDW〔Wellbeing〕)を計測するようになり、2018年には孤独・孤立担当大臣を置いた。日本でも2021年に、世界で2番目となる孤独・孤立対策担当大臣が設置されている。
ニュージーランドでは2019年より、国民の生活水準を向上させる取り組みとして、幸せをコンセプトにした予算「ウェルビーイング・バジェット」を積み上げている。
ブータンは、「GNH(Gross National Happiness)の増大を目指す」と宣言している。ブータンは「世界一幸せな国」というより、「世界に先駆けてハピネスという概念を政治目標に取り入れた国」なのである。
主観的なウェルビーイングである幸福については、心理学をはじめとするさまざまな分野で研究が進められている。
ドクター・ハピネスの異名を持つ故エド・ディーナー氏がウェルビーイング研究のはしりで、コンピュータで統計処理ができるようになった1980年代に始まった。
そうした研究の成果の1つとして、行動経済学者のダニエル・カーネマン教授による「年収と幸せ」の関係についてのものがよく知られている。
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