「消費することこそが私たちの生きる動機の全てとなってしまったこの世界で、衝動的に何かを過剰摂取してしまうことをどうやったらやめられるのか」。そうして求めすぎた快楽は苦痛へとつながる。そのメカニズムとして脳の報酬処理に光が当てられるようになった。
脳内では「ニューロン(神経細胞)」という組織が脳の主要機能を担っており、ニューロン同士はシナプスで電気信号と神経伝達物質をやりとりしている。「ドーパミン」はその神経伝達物質のひとつである。
ドーパミンは生物が感じる「快楽」そのものというより、報酬を得ようとする動機に対して重要な役割があるようだ。ドーパミンを作れないように遺伝子操作したマウスは、食べ物がある状況ですらそれを求めず、餓死してしまう。
ドラッグの使用で脳内の報酬回路にどの程度、どれくらいの速さでドーパミンが放出されるかを計測することで、ドラッグの潜在的な依存性を図ることができる。放出量が多いほど、反応が早いほど、そのドラッグは依存性が高いと考えられる。ラットの場合、チョコレートは脳のドーパミン基礎放出量を55%増加させる。セックスは100%、ニコチンは150%だ。注意欠陥障害の治療に用いられる薬の有効成分であるアンフェタミンは、1000%にもなる。
快楽と苦痛は脳の同じ部分で処理されることがわかっている。しかも両者は、いわばシーソーのような関係にある。脳内にあるシーソーが片側に早く大きく傾くほど強い快楽を感じる。
ただしこの脳内のシーソーには、傾きをなるべく水平に保とうとする自己調整メカニズムが働く。その過程で、快楽の側に傾いた反動として、苦痛の側にもシーソーが傾くのだ。この関係は「相反過程理論」と呼ばれ、片方の反応が起きたとき、それとは正反対の「事後反応」が起こることを指す。体内の多くの生理的過程は、同様のメカニズムで制御されている。
つい2枚目のポテトチップスを求める、ゲームをもう1度やってしまう。似たような快楽刺激が続くと、快楽側へのシーソーの傾きが弱く短くなる。このような快楽への「耐性」は、依存症発症の重要なファクターだ。そして耐性ができると、快楽の事後反応である苦痛側への偏りも強く長くなる。この一連の現象は「神経適応」と呼ばれる。
また、高ドーパミン物質を大量かつ長時間摂取することで、脳はむしろ苦痛へと偏り、ドーパミン欠乏状態になることもわかっている。薬物依存の人は薬物使用によって放出されるドーパミンの量もそれを受け取るドーパミン受容体も減少する。これは報酬回路の感度が低下した状態であり、こうなると何があっても喜びを得られなくなるのだ。「無快感症」である。
一度揺らいだシーソーは、ドラッグ使用を連想させる刺激に晒されただけでも傾く。これは、神経科学で「合図依存的学習」と呼ばれている。いわゆる「古典的(パブロフ型)条件付け」である。条件刺激によって、一次的に軽いドーパミン欠乏状態になるのだ。このとき、渇望する報酬が得られないと、さらに状態は悪くなる。
その例がギャンブルだ。ギャンブルでは、最終的な報酬だけでなく、「報酬がもらえるかどうかわからないという予測不能性」に対してもドーパミンが放出される。ギャンブルの動機は、むしろ報酬が予測できない点にあるのだ。
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