本書は、実話をもとにした創作である。ただし、受験に関する事実関係は事実のままだ。登場人物は仮名だが、学校名も塾名も実名である。特定の学校をすべり止めや不本意な進学先として描いていることもあるが、そうした評価がいかに相対的で無意味であるかを逆説的に描き出すために、あえて実名を残している。塾業界の闇に触れることにもなり、実名を出すことに躊躇いがなかったわけではない。だが、少なくとも親の立場から見た一面の真実であり、この家族にだけ起きた特異なケースではないことはこれまでの取材で判断可能であったのでそのまま書くことにした。
取材対象として、特段ドラマチックな話を探したわけではない。いわば、どこにでもいる中学受験生親子に話を聞いただけだ。毎年2月の第1週には、5万通り以上の悲喜交々のドラマが同時並行で展開しているのだ。
全員が第一志望に合格できることはない。だが、自分を支えてくれる味方がいる、自分には努力して挑戦する勇気があるという確信は、その後の人生を支えてくれるはずだ。中学受験をするならば、そうした感覚を子どもたちに得てほしいと願ってやまない。
風間家の最初の中学受験は2年前、長男のタカシのときだった。水泳教室の選手コースで本格的なトレーニングをしていたタカシは、水泳との両立のために地元の個人塾で中学受験をすることを選んだ。しかし、母親の悟妃(さとき)は志望校の絞り込みの段階で、塾の知識のなさが不安になった。そこで、2つ下の弟・ハヤトが通っていた早稲田アカデミーでセカンドオピニオンを求め、入試直前の正月対策もそこで受けることになった。
1月中旬の栄東の受験には、父親の由弦(ゆづる)がタカシに付き添った。これは失敗だった。神経質なところのある由弦のほうがぴりぴりしてしまい、険悪なムードで試験を迎え、結果は不合格。結果に怒り狂った由弦はタカシを罵倒したうえ、家を飛び出し、酔っ払って帰ってくる始末だった。
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