顧客の納得のいくアイディアを思いつき、従来の戦略やマーケティングの考え方もふまえた方法できっちり実行しても、イノベーションが失敗することがある。
たとえば、ミシュランが開発したPAXシステムを考えてみよう。PAXシステムは、パンクしても均一(フラット)にある程度の距離を走ることのできるランフラットタイヤのことだ。つまり、パンクの憂き目にあっても、立ち往生する必要はなく、近くの修理工場まで走行すればよい。当初、タイヤ業界にとってPAXシステムはセンセーショナルなイノベーションだった!
しかし、このイノベーションは失敗に終わった。このタイヤを修理できる修理工場や交換設備が整っていなかったため、消費者の不満が増大し、イノベーションの価値は大幅に低下したのだ。ミシュランは、PAXの成功は、イノベーションのエコシステム(生態系)への洞察なくしては成立しないことに気づかなかった。
エコシステムには2つのリスクが含まれている。コーイノベーション・リスク(自身のイノベーションの商業的成功は他のイノベーションの商業化に依存するリスク)と、アダプションチェーン・リスク(パートナーがまずイノベーションを受け入れなければ、顧客が最終提供価値を評価することすらできないリスク)だ。
ミシュランの失敗は、PAXが市場に出回る際には、修理工場がPAXのための修理設備に投資するはずだと思い込んでいたことだ。つまり、後者のアダプションチェーン・リスクの管理が甘かった。
これらのリスクを意識しないということは、運転中に後方を見ないで車線変更するようなものだ。つまりエコシステムの「死角」によって、イノベーションは「失敗」という事故に遭うことになってしまう。
ほとんどの人に携帯端末の行き渡った1990年代、モバイル通信業界の次なる成長の鍵は、データ通信を可能にする第3世代のモバイル通信(3G)だった。携帯電話はただの電話ではなく、携帯できるインターネット端末になろうとしていた。
どこよりも3G携帯電話の開発を急ぎ、1番に機器を完成させたのは、フィンランドのノキアだった。しかしこれは、残念ながら早すぎた。消費者が3G携帯を活用するには、いろいろな位置特定サービスや、携帯での支払いシステム、移動中に楽しめるアプリケーションなど、他社による多くのイノベーションを必要としていた。つまり、コーイノベーション・リスクの罠にはまってしまった。結果、ノキアは、市場の受け入れの遅れに伴い、収入の停滞に苦しまねばならなくなった。
このように、自社のイノベーションが協働関係にある企業のイノベーションに依存する場合、成功確率は、それぞれが特定の時間内にコミットメントを果たせるかという確率にかかってくる。
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