祇園精舎の鐘の音色は、諸行無常、この世の万物は常に変化するものだという響きを帯びている。
娑羅双樹の花の色は、盛んな者も必ず衰えるというこの世の道理をあらわしているようだ。
絶大な権力を持っている者も、ずっとそのままでいることはできない。まるで春の夜に見る短い夢のようである。
猛々しく勢いのある者も、風に吹き飛ばされる塵のように、やがて跡形もなくなってしまう。
強い武力を持った平氏の当主・平清盛は、後白河法皇を差し置いて、国の支配者のように振る舞っていた。対する平氏以外の面々は、清盛の傲慢な振る舞いに反感を抱き、後白河法皇と共謀して謀反の計画を立てていた。
だが、ある者の密告により、この計画が清盛に知られてしまう。清盛は計画に加担した者たちのほとんどを捕らえ、幽閉してしまった。
それでも腹の虫のおさまらない清盛は、後白河法皇を野放しにしておくわけにはいかないと考えていた。いっそ法皇も幽閉してしまおうか――。
この話を聞きつけたのは、清盛の長男、平重盛だ。父の暴走を止めるべく駆けつけ、落ち着き払った様子で清盛の席へと向かう。黙って見つめ合った末、先に口をひらいたのは父のほうだった。
「謀反を計画したのは法皇だそうだ。世の中が落ち着くまで別の場所に移っていただいたほうがよいと思うが、どうだろう?」
重盛ははらはらと涙をこぼし、言葉を返す。
「父上、今のお言葉をうかがいまして、平家一門の運命もここに極まれりと感じました。父上に意見するのはおこがましいですが、思い切って申し上げましょう。世に四恩ありと申します。天地の恩、国王の恩、父母の恩、衆生の恩。そのうちで最も重いとされるのは国王の恩です。法皇に礼を失するわけにはまいりません。
君主である法皇と、臣下である父上。このふたりが対立するならば、私は立場上、法皇の味方をせねばなりません。幸い、私のためにその身を犠牲にしようという部下もおります。彼らをひきいて後白河法皇のもとにはせ参ずれば、おおごとになってしまうのではないでしょうか。
君主に忠誠を誓おうとすれば父上の恩を裏切ることになり、不孝の罪を逃れようとすれば不忠の罪を冒すことになる――。私は途方に暮れております。
さあ、いさぎよく私の首をおはねください。法皇の身を守ることも許されず、まして攻めるなどとは思いもよらない私は、生きていても板挟みになるだけですから」
清盛が慌ててとりなそうとするも、重盛は耳を貸そうとしない。最後には立ち上がり、たむろしている侍たちを呼び寄せてこう言った。
「みなの者よ。父の味方をして御所攻めに加わるのは勝手だが、この重盛の首がはねられたのを見届けてから行きなさい」
ますます慌てた清盛は、ようやく法皇の幽閉を思いとどまったのだった。
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