著者が子供の頃から読書に明け暮れていた理由のひとつには、南アフリカ共和国のヨハネスブルグで育ったというということがある。テレビもラジオもなく、読書ぐらいしかすることがない。近所に友達もおらず、学校以外は自分の家が生活のすべてだった。こうして室内生活者としての基盤が形成された。
環境以前に性格的にも非活動的で、世が世なら貴族になりたかった。現実的な仕事でもっとも貴族に近似したものを考えた結果、たどり着いたのが学者の仕事だった。きっかけは、所属していたゼミの指導教官、榊原清則先生に「あなたねぇー、就職なんかしたら不幸で口が曲がっちゃうよ! 就職しないで大学院に行くしかないね、あなたは……」と断言されたことだ。「口が曲がっちゃうよ」という言葉に妙なリアリティがあった。本を読むのも好きだったが、著者が何よりも好きなのは「考える」という行為だった。読んで、考えて、書くことが仕事になるという学者の道に、自分の将来に一筋の光が見えた。
そうして仕事でも室内生活が始まり、講義以外ではほとんど人と会わずに、研究室で読んだり考えたり書いたりしていた。
それから30代の半ばで競争戦略という分野で仕事をするようになり、本を出すようになると、書評や書籍解説の依頼が来るようになった。読んで、考えて、文章を人に読んでもらって、対価もいただける。書評書きはとてもありがたい仕事だ。本業のサイドメニューにすぎないが、心持ちは貴族だ。
ある人に「あなたにとっての書評はラーメン屋がついでにチャーハンを出しているようなものですね」と言われたことがある。だが、著者にとっての書評書きは、ラーメン屋にとってのスープづくりのようなものだ。「考える」という行為は本業と共通している。学者にとっての読書はアスリートにとっての基礎練習に等しい。これが知的体幹を太くし、思考の基盤を厚くする。
本書はこれまでに著者が書き溜めた書評や書籍解説のほとんど全てを収録してある。ラーメン屋のスープだけをパッケージにして世に出すという無謀な試みだ。これが評価されるのは、「お前の店のスープが美味しい」と言われたようで嬉しいものだ。
『GIVE & TAKE』(アダム・グラント)というタイトルを目にしたとき、「要するに『情けは人のためならず』という話かな」という印象を抱いた。実際にその通りなのだが、本書は凡百の自己啓発書ではない。グラントは優れた研究者であり、展開される議論は行動科学の理論と実証研究に裏打ちされている。
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