AIなどのテクノロジーの進化により、先行きが不透明な現代。そんななかでも、時代の流れに柔軟に応じながら主体的に意思決定を行い、成果を上げ続けている人がいる。そういった「仕事ができる人」とそうでない人の違いはたった一つ。すべての物事に対して「仮説」の思考をするか否かである。
日本人は「網羅的」に仕事を進める人が多い。網羅的とは、ありとあらゆる情報を集め、徹底的に分析してから結論を出すという思考プロセスのことである。こうした緻密で完璧主義的な進め方は、一見、失敗が少なく効率的な方法に思われる。しかし、刻々と変化するビジネス環境で求められるのは「完璧な計画」ではなく、スピーディな意思決定によって物事を前に進めていくことである。
変化が激しく、多種多様なビジネスモデルが入り乱れる現代は、生物が絶滅と進化を繰り返してきた歴史に似ている。どの時代にあっても、私たち生き物にとっての最優先事項は「生き残ること」であり、予測不能な今の時代を生きるためには生存戦略が必要だ。
人間にだけできる生存戦略は、「もしも〜だったなら?」と頭の中でシミュレーションをすること、すなわち「仮説思考」である。本書では、どのように道筋を立てて仮説を考えていけば良いのか、そしてそれをビジネスシーンでどう活かせば良いのかというコツを解説していく。
これからの時代を生き残るためのキーワードとして、著者は「第4次産業革命」を挙げる。では、第4次産業革命とは何か?
第1次産業革命は18世紀の水力や蒸気機関による工場の機械化、第2次産業革命は20世紀初頭の電力を用いた大量生産、第3次産業革命は1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いたオートメーション化である。これらに続く技術革新を第4次産業革命という。
第4次産業革命には2つの特徴がある。
1つ目の特徴は、「IоT(モノのインターネット)」と「ビッグデータ」である。個人の健康状態や気象、交通、工場機械の稼働など、あらゆる情報がデータ化・ネットワーク化され、それらが解析されることで新たな付加価値が生まれている。
2つ目の特徴は「AI(人工知能)」と「ロボット化」である。これによりコンピュータが自ら学習し、さまざまな判断を行うことが可能になった。
こうした技術革新によって、世の中はどう変化していくのか。そして変化する社会でどのように生き残るのか。これらの戦略を立てるために必要なのが「仮説」である。
仮説はやみくもに立てても意味がない。データをもとに、科学的根拠に基づいて立てる必要がある。
2015年に野村総合研究所とオックスフォード大学が行った共同研究では「今後10年~20年の間に、日本の労働人口の約49%の仕事がAIやロボットに代替される可能性が高い」という試算が示された。将来的に今ある仕事の多くが「消える」というのは、実現可能性の高い「究極の仮説」だと言える。
ここで、タクシー運転手の立場に立って「もし今後、自動運転の技術が目ざましい発展を遂げたらどうなるのか?」という仮説を立ててみよう。
現在、自動運転システムはレベル0から5まで、6段階に分類されており、2021年にはすでにレベル3「条件付き運転自動化(通常時はすべてを自動車が操作。緊急時のみドライバーが操作する)」が実用化されている。レベル4「高度自動運転」の実証サービスも盛んになってきた。
こうした情報をふまえて、タクシー運転手の将来を考えてみる。まず同業種の中で生き残るという方法だが、今後、ふつうのタクシー運転手の仕事はほとんどなくなるだろう。一方で、あえて人間がやることに価値がある介護タクシーや高級ハイヤーは今後も生き残る可能性が高い。また、転職という道もあるが、その場合はリスキリングが必要かもしれない。
AI時代を生き抜くためには、まずAIや新しい技術革新について深く知ることが不可欠だ。そして、それらの情報をもとに「もしも〜だったら?」といくつかの仮説を立てることで、自分の未来をより良い方向に動かすことができるだろう。
ここからは著者が考える「究極の仮説を生み出すための3つのプロセス」を紹介する。
(1)何のために仮説をたてるのか(目的)
(2)どのように仮説をたてるのか(構築)
(3)どのように仮説を活用するのか(実行)
この目的・構築・実行の流れは、あらゆる社会活動に適用できる。一つずつ見ていこう。
まず、すべての仮説は目的を定めるところから始めるが、いかにして目的を明確化するか?著者は、講演の場でこうした質問をされたとき「あなたの生きている環境下で必要に迫られていること。それが真の目的となるのです」と答えるという。
たとえば、受験や就職活動、結婚、出産、引っ越しなど、人生の節目における生活環境変化で、人はさまざまな選択を迫られる。こうした、「向こうからやってくるものへの対応」が仮説を立てる目的となる。これはビジネスでも同じである。
人生の転機で目的を達成して生き抜くため、「人生の最適化」を図るために、私たちは仮説を立てるのである。
目的を明確にしたら、「次の一手」となる仮説の構築に入る。このときの「手」は一つではなく、将棋を指すときのようにたくさんの仮説を構築し、その中のどれかを選んで「一手」とする。
たとえば、新卒者の就職活動であれば、まず「就職する」か「就職しない」かの選択肢がある。就職するのであれば、希望の業種や職種、自分の今後のキャリアプランなどを思い描きながら、いくつかの仮説を構築する。また、就職しない場合でも、大学院進学、海外留学、ワーキングホリデー、あるいは自ら起業するなど、さまざまな仮説が立てられる。
人の思考は単純さを好み、安易な考えに陥りやすい。目的に沿って仮説を構築しなければ、「みんなが就職するから就職する」と流れに身を任せ、行き当たりばったりの世界を生きることになる。運まかせにしないためには事前にシミュレーションをする必要があり、これこそが仮説構築の本質である。
また、仮説構築の第一歩は、有益な情報を手に入れることだ。著者は自らの経験から、本当の意味で有益なのは「人間からのリアルな情報」だと結論づける。どんなビジネスであれ、その道の“プロフェッショナル”とされる人物が存在する。そうした人は、ネット上では得ることのできない希少で実用的な情報を持っているものだ。
現代は、特別なコネなどがなくてもSNSなどで人とつながることができる時代である。有益な情報を得たければ、自らプロフェッショナルにコンタクトを取るなど、能動的に情報を取りに行くことが大切だ。
究極の仮説を生み出すための最後のステップは、どのように仮説を定めて実行するかである。企業の場合、最終的な判断を下すのは社長である。トップに立つ者は、自分たちが立てたいくつかの仮説の中で、何を選び、どう実行するかという意思決定を迫られる。
著者は、日本企業の意思決定スピードの遅さを指摘する。トップが絶対的な権限を持つ欧米企業に比べ、協調型の組織形態が多い日本企業はどうしても意思決定が遅くなる。
目まぐるしく変化する環境の中では、意思決定のスピードを上げること自体が生存戦略となる。意思決定が早ければ、市場での競争を優位に進めることができるからだ。
迅速な意思決定を可能にするためには、どんな場面でも、立てた仮説について意思決定する人を明確にしておくことが重要だ。責任の所存が明確化されていないと、いざ問題が起きたときに責任のなすりつけ合いとなる。それが社内プロジェクトであれば失敗に終わってしまう。
プロジェクト制において、リーダーをはっきりさせ意思決定の権限と責任を与えることは、意思決定スピードを上げるための理想的な方法である。そして、リーダーは自分なりの仮説と意思決定基準を持ってプロジェクトを進めなければならない。
流れが速く、混沌とした今の時代において、仮説を持たずに生きることは危険である。このことはビジネスの場に限らず、あらゆる場面において言える。
新型コロナウイルスの流行により、世界中が大混乱に陥った。以前から感染症の専門家たちが警鐘を鳴らしていた「パンデミック発生」という仮説が現実のものとなったのだ。
新型コロナがこれほどのパンデミックを起こした背景には、さまざまな仮説の「甘さ」があったことは事実だろう。特に著者が衝撃を受けたのは、日本が世界に先駆けてワクチンをつくれなかったことだ。その大きな理由として、過去のワクチン行政の失敗がある。近年、子宮頸がんワクチンの副反応問題などの問題が起きたことで、厚労省のワクチン行政は滞っていた。そのため、日本ではワクチンを開発する体制ができていなかったのだ。
一方、アメリカ、ドイツ、イギリスの3カ国は、わずか一年ほどでワクチンを開発した。通常、数年から数十年かかると言われるワクチン開発をこれほどのスピードで進められたのは、常日頃から「もし強力な感染症が来たら」と仮説を立てて、準備していたからではないだろうか。
こうした事例から私たちが学べることは、潜在的なリスクに対して仮説を立てて備えておくことの重要性だ。そうした仮説の有無は、成功や利益を大きく左右する。いざという時にすぐに行動できるよう、常に仮説を立てる癖をつけていこう。
自分の力で少しでも未来を変えたいと考えるビジネスパーソンは「仮説力」を磨くといい。自分は運や才能とは無縁だという人でも、仮説の立て方によっては大きなイノベーションを起こすことができるからだ。
仮説というと、未来を先読みし、予測するというイメージがあるかもしれない。しかし、仮説には「世界がこの先こうなるから、こう変えられる」という立て方もある。
「iPhone」を世に送り出したスティーブ・ジョブズは、当時のインフラ状況や最先端のテクノロジーについて細かくリサーチしながら、「近い将来、携帯電話が情報にアクセスするための重要なデバイスになる」という仮説を立てた。これは、未来の変化に対応しようという受け身の仮説ではなく、未来を変えようとする攻めの仮説である。ジョブズは、こうした「未来を創造するための仮説」を立てる天才だった。そして、そうした力こそがアップルを筆頭とした「GAFA」が世界的企業へと成長した要因である。
なぜ日本ではGAFAのような企業が生まれないのか? 著者はその理由を、多くの日本企業が「未来を予測するための仮説」を立てており、「未来を創造するための仮説」を立てていないからだと推察している。
未来は誰にも予測することができない。「未来をこう変えていこう」という意思のもとで次の一手を考え、踏み出す。優秀な人の仮説を同調圧力でつぶすことなく、常に良い仮説を投げ合う。それが、GAFAのような「創造的イノベーション」を起こす秘訣である。
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