その日の授業は星についてだった。
黒板に吊るされた大きな黒い星座の図に描かれた銀河帯。川だと言われたり、乳が流れたあとだと言われたりする、このぼんやりと白いものの正体は何か。
先生がそう問うたとき、ジョバンニはそれは星だとわかっていた。けれども、家計のために毎日働いていたジョバンニは、疲れてもう何もよくわからないような気持ちになっていた。だから、指されても真っ赤になるばかりでうまく答えることができなかったのだ。その様子を見て、いじめっこのザネリが、くすっと笑う。
ジョバンニのことを気にかけてくれるのは親友のカムパネルラだけだった。ジョバンニの次に指名されたカムパネルラも、本当は答えをわかっているはずだった。あれの正体が星だということは、カムパネルラのお父さんの博士のところで、いっしょに読んだ雑誌に書いてあったのだ。けれどもカムパネルラはもじもじと立ったまま答えなかった。ぼくのことを気の毒がってくれたのだとジョバンニにはわかった。
放課後、同じ組の子どもたちが今夜の星祭の相談をしているのを尻目に、ジョバンニは校門を出て活版所へ向かった。ジョバンニの仕事は活字拾いである。今日もジョバンニは、手渡された一枚の紙切れをもとに、小さなピンセットで粟粒くらいの活字を次から次へと拾いはじめた。ジョバンニは職場でも冷たく笑われている。
だが、仕事を終えて、銀貨を1枚受け取ると、ジョバンニはうれしい気持ちになった。外へ飛び出ると、パン屋でパンの塊を一つと角砂糖を一袋買って、病気の母の待つ裏町の小さな家へと急いだ。
「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」
ジョバンニは食事をしながらそう切り出した。今朝の新聞に今年は北の方の漁が大変よかったと出ていたからだ。父は漁を終えて帰ってくるかもしれない。
お父さんは、「次はらっこの上着をもってくる」と言っていた。そのことで、ジョバンニは級友にからかわれていた。いじめに加わらないのはカムパネルラだけだ。
角砂糖はお母さんの牛乳に入れてあげようと思って買ってきたのだが、今日はまだ牛乳が来ていなかった。ジョバンニは牛乳をとりにいきながら、今夜の銀河祭をながめることにした。一時間で戻ると言ったけれど、お母さんはカムパネルラもいっしょなら心配はないからと、もっと遊んでおいでと言ってくれた。
町の坂の下には大きな街燈が、青白く立派に光っていた。電燈に近づくとジョバンニの影ぼうしは、だんだん濃くなっていった。(ぼくは立派な機関車だ)と思いながら、ジョバンニが街燈の下を通り過ぎると、小路から出てきたザネリとすれちがった。
「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ」とザネリがうしろから叫んだ。ジョバンニは、ばっと胸が冷たくなった。ぼくは何もしていないのに、どうしてザネリはそんなことを言うのだろう。
考えをめぐらせながら歩いていると、時計屋にさしかかった。ジョバンニは足を止め、そこにあった円い黒い星座早見を食い入るように見つめた。本当にこんな蝎や勇士が空にぎっしりいるのだろうか。ああぼくはその中をどこまでも歩いてみたい。
ようやく牛乳屋に到着したが、もう少し経ってから来てほしいと言われた。仕方なく街へ引き返すと、向こうから6、7人の同級生が見えた。「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ」というザネリの叫びに続いて、みんなが囃し立てた。集団の中にいるカムパネルラは気の毒そうに、黙ってジョバンニを見ていた。
みんなが橋のほうへ歩いていくのを見送りながら、ジョバンニはなんとも言えずさびしくなって、黒い丘のほうへ走り出した。
ジョバンニは町はずれの丘の上に身を投げ出し、空へと目をやった。
今日の授業で、先生はあの空の白い帯はみんな星だと言った。けれどもジョバンニには空が先生の言ったようにがらんとした冷たい所だとは思われなかった。見れば見るほどそこには小さな林や牧場のある野原のように思えて仕方なかったのだ。
すると突然、銀河ステーション、銀河ステーションという不思議な声が聞こえてきて、突然目の前がさあっと明るくなった。
気がつくと、ジョバンニはごとごとと走る小さな列車の中にいた。すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、背の高い子どもが、窓から頭を出して外を見ていた。頭を引っ込めてこちらを見たその子は、カムパネルラだった。
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