さようならと言ってなかった
さようならと言ってなかった
わが愛 わが罪
さようならと言ってなかった
出版社
マガジンハウス

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出版日
2014年10月30日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

猪瀬直樹という名前に、あなたは何を思うだろうか。道路公団民営化、都知事就任、オリンピック招致、五千万円借用事件と突然の辞任……。本書は辞任後初の著作であり、2014年10月末日に刊行された。

作品に中心的に描かれているのは、辞任劇のことではなく、愛妻、ゆり子さんとのことである。猪瀬氏は、オリンピック招致活動の最中に、ゆり子さんを突然の病で亡くしていた。ときおり夫妻の来し方にタイムスリップしながら、その激動の日々がつづられる。

作家、猪瀬直樹の筆はやはり確かだ。いわば、人生に訪れた大嵐のような出来事が、抑制した筆致で語られるためにかえって胸に迫ってくる。ゆり子さんの生きてきた姿をしのぶことができる、子どもの保育園の連絡ノートや、教師時代の生徒との記録、また、猪瀬氏の初期の作品の執筆秘話もふんだんに挿入され、見事な構成で40余年連れ添った夫婦の姿を浮かび上がらせている。

作品終盤には、五千万円事件について猪瀬氏自ら記しており、改めて考えさせられる部分も多い。私たちが一度は都政を任せた猪瀬直樹という人は、はたしてどういう人物なのか。作家とは、政治家とは何なのか。生きるとは、死ぬとは、人が出会い、別れるということは、何なのか。

いいとか悪いとか、役に立つとか立たないとか、そうした評価の次元を超えたなまなましいものが本作には詰まっている。ぜひ、みなさまも作品の手触りをじかに確かめ、考えてみてほしい。

ライター画像
熊倉沙希子

著者

猪瀬直樹
1946年長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第十八回大宅壮一ノンフィクション賞。2002年6月末、小泉純一郎首相より道路公団民営化委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授などを歴任。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年に東京都知事に就任、2013年12月、辞任。主著に、『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『道路の権力』『道路の決着』(文春文庫)、『昭和16年夏の敗戦』『天皇の影法師』(中公文庫)、『猪瀬直樹著作集 日本の近代』(全12巻、小学館)がある。

本書の要点

  • 要点
    1
    猪瀬氏の、都知事辞任後初の著作。東京オリンピック招致活動の最中、メディアには伏せられていたが、愛妻ゆり子さんは悪性脳腫瘍に倒れ、急死していた。
  • 要点
    2
    ゆり子さんとの別れの日々とオリンピック招致の秘話が、夫妻の若かりし頃と時を行き来しながら語られる。五千万円事件の裏側についても自ら記している。

要約

ある日、突然に

妻の異変

東京オリンピック招致のプレゼンテーションのため、ロシアのサンクトペテルブルクへ行く予定が間近に迫る頃のことだった。猪瀬氏は、妻、ゆり子さんのちょっとした異変に気がついた。物の名前が出てこない。たとえば「九時十五分」を「九時十五トン」というふうに、誤変換のような言葉を使う。

病院での検査結果は衝撃的なものだった。悪性の脳腫瘍。余命数カ月。脳のむくみをとるために、腫瘍の中心部を除去し、脳圧を下げなければならない。しかし、根本的な治療は難しく、その後は放射線治療で腫瘍の腫れを抑えるという。治療は、余命を延ばすためのものだ。

本人にはひとまず入院しなければならないことを伝え、二人で行くはずだったサンクトペテルブルクへ、猪瀬氏は一人出発した。

サンクトペテルブルクへ
snvv/iStock/Thinkstock

いよいよ立候補都市のイスタンブール、東京、マドリードが勢ぞろいして、オリンピック招致のプレゼンテーションの最初の第一歩が踏み出される。スポーツアコード国際会議が開催されるサンクトペテルブルクが、緒戦の舞台だ。スポーツアコード(国際競技連盟)はさまざまな協議の国際団体の連合体であり、IOC委員も数多く役員に名を連ねている。

プレゼンテーション直前、ふと、猪瀬氏は新しいスーツがきついことに気づく。脇から腰にかけて、しつけ糸が残っていた。妻の不在が身にしみた。

東京の財政規模はスウェーデンの国家予算に匹敵するほどのものなのだという。プレゼンテーションでは、東京の財政、財布を落としても戻ってくるほどの治安の良さを前面にアピールした。選手が時間通りに会場に着ける、イベントの運営をきちんとできる、ということは、オリンピック招致に際して大きな利点となるのだ。

帰国して病院へ直行すると、点滴で脳のむくみを抑えられているゆり子さんは、いつもと変わりないように見えたという。

昏睡

ゆり子さんの病状は、近親者以外には伏せられた。オリンピック招致の大事な時期に、プレゼンテーションのチームに余計な心配をかけることは憚られたため、マスコミに情報が漏れないよう細心の注意を払った。

一時退院し、脳腫瘍であるという事実が告げられたゆり子さんは、2013年6月9日、青いワンピースを着て不安げに、再入院をすることになった。

手術は無事に終了したが、術後4日目の夜、嘔吐と意識障害が起こる。

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要約公開日 2015.03.10
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