アグリ・ベンチャーの理論編として、本書では、まずアグリ・ベンチャーの重要性について記載されている。
日本の農業経営は、他産業とは大きく異なる特徴がある。まず、生き物と自然を相手としているため、気候によって生産物にばらつきがあり、計画生産や品質管理が難しい。そのうえ、土地の大きさに制約を受けるだけでなく、土地が分散しており経営母体の多くが家族単位と小規模だ。結果として移動や輸送でロスが出やすく、土地利用効率が低いことから、資本の回転や投資回収が遅い。
その一方で、農業は他産業を下支えする最も基礎的な産業と言え、生命を維持するために必要不可欠な産業である。日本の農業が衰退し、かつ担い手の高齢化、国内マーケットの縮小、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への交渉参加など、取り巻く状況が悪化する中、新たなイノベーションを起こす必要がある。
境氏は、日本の農業が生き残るためには、「農産業」として確立することが必要不可欠であり、そのためにはステークホルダーの満足度を高め、適正利潤を確保することが必要であるという。そのためには地域に潜在する資源やニーズを掘り起こし、新規性の認められる製品やサービスを展開する先駆的な農業が今後望まれるとしている。
本書では、「農業を中核とした総合産業の創造」をアグリ・ベンチャーと命名している。それには、2つのビジネス分野を挙げている。1つは、農産物の加工や貯蔵・流通を行う食品関連ビジネスである。現在は、IT技術も普及し、流通チャネルをかえるだけでも、変革を起こすことができる。オイシックスの取り組み等は、その好例だろう。もう1つは育種や新品種の開発、飼料や農機の開発など、農業用資材に関連するビジネスである。最新の商工業の技術と視点を加えていくことが、農から農産業への変換を生むと期待される。
また、アグリ・ベンチャーが果たすべき社会的役割についても言及している。食の安全性と安定供給を確保することに加え、食育も意識する必要があろう。また、地域に根ざした活動が必須であることから、農村の景観維持や水源の涵養などの多面的機能を維持・活用することや、地域文化の維持・地場産業の振興への寄与・人材育成にも努めるべきだとしている。地域性とは切っても切り離せない農業において、社会的意義も十分に踏まえた上で、ビジネスをプロデュースすることが求められるのである。
また、理論編においては、足早ではあるが、ベンチャー企業にもとめられる人材像や経営戦略などについても概観しているので、これからベンチャーを立ち上げたいという読者は特に参考となろう。
アグリ・ベンチャーにおいては、地域性や主軸となる生産物の制約を大きく受けるため、戦略的に展開するには、地域内での連携や他社との連携が不可欠となる。
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