マサチューセッツ工科大学にあるMITメディアラボで行われているのは、人間とテクノロジーを近づけ、テクノロジーによって人間や社会が抱える問題を解決し、世界を住みやすくするための研究である。たとえばそれは、足を失った人々のための義足、自閉症の人々のためのコミュニケーションツール、人々が自分の身体についての知識を持ち寄り正確に受診や服薬を行うためのインターフェイスなどである。テクノロジーに振り回されるのではなく、人々がより健康に、より豊かに、より幸福になるためにテクノロジーを用いることがMITメディアラボでは追求されている。
それと共に、普通の人々にこれまでは出来なかったような偉大な何かを達成できるようになる“力”を与えることも、MITメディアラボが追求していることだ。たとえば、ごく普通の子どもたちが作曲できるようになるソフトウェアや、直感的にプログラミングを学ぶことができるソフトウェアなどもその一例である。
このようにして発明されたものの一部には、既に私たちの日常生活にも馴染み深いものとなっているものもある。たとえば、Kindleなどの電子リーダーに使われている電子インク(E-ink)や、子どもに大人気のおもちゃであるレゴブロックの「マインドストーム」などである。
MITメディアラボはどのようにして、こうした独創的な発明を生み出してきているのか。その秘訣はMITメディアラボならではの研究スタイルにある。その特徴の一つ目が、各人が専門分野に捉われない研究を行っていることだ。
MITメディアラボには25の研究グループがあるが、それぞれのグループに属している人間の経歴は実に様々である。たとえば、都市が抱える交通渋滞や大気汚染といった様々な問題を解決すべく、新しい都市交通や都市計画を研究する「スマート・シティ」グループというものがある。このグループは、新しい交通手段となる「シティカー」の開発に取り組んでいたが、参加している十数人の学生の中で、自動車設計について正式な教育を受けたことがあるのはたった一人しかおらず、残りは建築、都市計画、機械工学、コンピュータ科学、電気工学、システム工学、医学、神経科学、ビジュアル・アートなどを専門とする学生だった。
『専門家』がいないメンバー構成であるからこそ、固定観念に邪魔されることなく、問題を自由に捉えることができるというのがMITメディアラボの考えだ。世界を変える斬新なイノベーションを生み出すには、投げかける疑問そのものが斬新なものでなければならないが、専門家は専門家であるがゆえに、そうした斬新な考え方を失ってしまっているからである。
そもそも、メディアラボが取り組むべき21世紀の課題、―世界的な貧困、気候変動から肥満の流行に至るまで―は非常に多次元かつ複雑なものであり、専門分野に細分化した20世紀的なアプローチではもはや対処不可能になっている。問題が複雑で多次元に渡るのだから学問分野の壁があってはならないのである。
このように自由で領域横断的な研究を支えているのはスポンサー企業からの運営資金である。スポンサー企業はメディアラボに対し、年会費という形で運営資金を提供している。資金を提供してもらっているからといって、その使途が限定されるわけでもなく、研究内容に口出しされるわけでもない。
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