もう工場で作るものが、何もなくなってしまった--2013年2月26日、シャープの亀山第1工場では、シャープのベテラン技術者たちが途方に暮れていた。
この工場では前年夏からアップルの最新型スマートフォン「iPhone5」のタッチパネル式液晶パネルを生産するアップル専用工場としてフル稼働していた。それも、この工場の液晶パネルはアップル1社にだけ独占的に供給するという異例の契約で、だ。アップルは独占供給契約を結ぶにあたって、秘密裏に約1000億円をこの工場に出資していた。製造装置にはアップルの管理用バーコードのシールが貼られ、工場内にはシャープの社員がその前の通路を通ることすら禁じられているアップル社員専用のオフィススペースまである。まるでこの工場の主はアップルだと言わんばかりである。
それでも注文があるうちはよかった。しかし2012年の12月、液晶パネルの発注を半分以下に減らすことが判明。そしてこの日、アップル専用と成り果てた亀山工場は、稼働を止めた。後に残ったのは、シャープが負担する毎月100億円近い建屋、設備、人件費などのコストだけだった。
アップルのサプライヤーの5分の1は日本のメーカーだ。たとえばiPhoneのメインカメラ部分に埋め込まれているイメージセンサーはすべてソニー製だ。その他にも、液晶ディスプレイはシャープやジャパンディスプレイ、半導体チップは東芝、イヤホンはフォスター電算が作っている。電子部品では村田製作所、TDK、ローム、太陽誘電、そしてプリント基板はイビデン。日本メーカーの最先端技術が、iPhoneに凝縮されているのだ。
「人類史上初めて、単一機種で販売台数が1億台を超えた電子機器」といわれる記録を作ったiPhone4S。これが意味するのは、強力な販売力を誇るアップルの傘のもと、日本に「アップル経済圏」が形成されたということである。アップル経済圏には知られざる光と闇がある。光の部分は、もはやコスト競争力でアジアの国々に太刀打ちできなくなっていた日本のモノづくりにスポットライトを当てたことである。アップルはプレミアム製品に特化しているため、本当に素晴らしい技術なら、その”仕入れ”にお金を注ぐことに惜しまなかった。一方で闇の部分は、取引先企業の生産能力や集荷時期をすべてアップルに都合の良い「計画経済」に合わせることを求める点だ。アップルの要求に応じられない企業は脱落してゆき、時には経営破たんという最悪の結果を招くことすらある。また、日本の高い技術が、アップルを通じて、徐々にアジアの国々に移転する通り道も作っている。
アップルを支える部品や技術を多くの日本企業が提供しながら、どうして日本メーカーはiPhoneのような商品を生み出すことができなかったのか。アップルは、日本メーカーが想像もしなかったような方法で、他社がまねできない製造工程を築き上げてきたのである。
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