私は大学教授でありながら、バングラデシュの貧困に対して取り組む中で、「ソーシャル・ビジネス」という新しい枠組みを提唱してきた。それは、資本主義経済の枠組みを完全無欠な状態に近づけ、貧困などの社会問題や環境問題を生み出す基本的な欠陥を取り除き、資本主義経済の構造に根本的な変化をもたらす枠組みだ。
現代の資本主義理論の欠陥は、人間の本質を誤解している点にある。資本主義理論において、人間は利益の最大化という経済指標を一途に追い求めているとされている。これは歪んだ人間像だ。この歪んだ人間像という欠陥が積もり積もって、今日のさまざまな危機が生まれた。この理論の欠陥を認めれば、私たちのビジネスには以下二種類のビジネスの枠組みが必要であるといえる。
1.他者を犠牲にしてでも企業の所有者の利益を最大化するビジネス(これまでの資本主義理論の枠組み)
2.他者の役に立つ喜びに専念するビジネス(新しい枠組み)
この二つ目のビジネスこそが、私のいうソーシャル・ビジネスだ。現代の経済理論に欠けているのはまさしくこの概念である。ソーシャル・ビジネスは利益追求の外側に存在し、その目的は商品やサービスの製造・販売など、一般的なビジネスの手法を用いて社会問題を解決することにある。ソーシャル・ビジネスとは何か、それを定義するには随分と時間を要したが、以下の「七原則」をまとめた。
①経営目的は、利潤の最大化ではなく、人々や社会を脅かす貧困、教育、健康、情報アクセス、環境といった問題を解決することである。
②財務的・経済的な持続可能性を実現する。
③投資家は投資額のみを回収できるが、投資の元本を超える配当は行われない。
④投資額を返済して残る利益は、会社の拡大や改善のために留保される。
⑤環境に配慮する。
⑥従業員に市場賃金と標準以上の労働条件を提供する。
⑦楽しむ!
ソーシャル・ビジネスは多くの非営利団体や社会企業などとは異なり、寄付で成り立つものではなく、ビジネスとして持続可能なモデルとなっていることが特徴だ。私は利益の追求を否定するつもりはない。ソーシャル・ビジネスは消費者、労働者、起業家、投資家に新たな選択肢を与え、市場の幅を広げるものだ。あくまで社会問題を解決するひとつの手法がソーシャル・ビジネスなのだ。ソーシャル・ビジネスは誰にも強制されるわけではなく、自由選択の保証された解放経済のもとで営まれる。
そして今、私たちはワクワクするような時代に生きている。これまでの資本主義理論によって生み出されたさまざまな種類の現代の危機に対して、新しい解決策を大胆に試すチャンスがあるからだ。
私はグラミン銀行をはじめとして、様々な分野でソーシャル・ビジネスを行う会社を立ち上げてきた。次は具体的な事例を見てみよう。
「グラミン・ダノン」は一般のヨーグルト会社とほとんど味も形も変わらないヨーグルトを製造・販売・流通させている会社だ。グラミン・ダノンの目的は、バングラデシュの子どもに栄養豊富なヨーグルトを届けることだ。バングラデシュの子どもの半数は栄養不足に苦しんでいる。
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