博士号は、英名ではPh.D、Doctor of Philosophyといい、直訳すると「哲学博士」となる。国立遺伝学研究所所長でもある小原雄治理学博士はこう言う。「Philosophyの語源はPhilosophia’ 『知を愛する』ということ、つまり、クエスチョンをもって、それを喜びとする。それが『哲学』なんです」。まだ誰も知ることがない新しい発見がしたい。誰よりも強い好奇心をもち、発見という名の未来を創る一粒の種を追い求めて、大学や研究機関で研究を続ける博士たちがいる。博士号とは、何か1つの分野で、自分なりの哲学を突き詰めてきたという証明でもある。博士課程で解いた問題は、ごく小さいことかもしれないが、じつはこの知の回転は決してサイエンスの分野の中だけで留まらない。ビジネスも本質は同じではなかろうか。この世の中から自分なりのクエスチョン(問い)を見つけ出し、それを解く方法を考え、学び、導入することで検証していく。そして、その結果からまた次のクエスチョンを見つけ、また解き明かす。このサイクルを回すことができる人は、新しい道を自ら切り開いていくことができる。
上田泰己博士(医学)は、大学医学部時代からソニーコンピュータサイエンス研究所、山之内製薬での研究経験をもち、27歳の若さで理化学研究所のチームリーダーに就任した。生命とはなにか。この問いに対して、上田氏は生物の体内時計といわれる時間のリズムを作り出すしくみについて研究を行っている。
彼が大学3年の1996年、生物学の実験でサンプルとして最もよく使われる大腸菌と酵母の全DNA配列情報が解読された。これまでの分子生物学の手法では一度に数個ずつしか因子を扱うことができなかったが、これからは数千、数万の単位で扱える生物学の手法へと転換することを意味していた。これまでの手法を根本的に変えなければならない、そう確信した上田氏は、数千以上のサンプルを同時に扱うために、自動化された機械と、その結果を処理する計算機が必要だと考えた。新しい生物学の手法を求めて、計算機を扱う生命科学を始めるために、ソニーコンピュータサイエンス研究所に飛び込んだ。製薬企業に就職し研究を続けることもできたが、上田氏は企業の人として大学院に社会人入学することを選んだ。
『既成の枠の中で自分の場所を探すのではなく、やりたいことに応じて自分のやり方を変える。自分の場所は自分で創る』のが上田氏のやり方だ。その時目指す場所によって、歩む道を変えながら、道がなければ創りだす。その姿は目的に向かって一心に進んでいく冒険家のようであり、これこそが上田博士の哲学なのだろう。
第二章では、研究の成果を社会で役立てたいと、博士号をもちながら、異なる専門分野の人と協力し、早く効率的に研究の成果を世の中に送り出すべく、自らの哲学をもって活躍している博士たちを紹介している。
研究の世界というとアカデミックで閉鎖的なイメージをもつ方が多いかもしれない。しかし、アメリカにおける研究室の運営はとても面白いと気づいた、と語るのは株式会社ナノエッグ取締役副社長の古野敦司博士だ。「アメリカの場合は、それまでポスドクだった人が助教として入ると、1つのラボを持つことになるんですね。
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