一般的に、睡眠が足りていない状態を「睡眠不足」と呼ぶが、睡眠の研究者のあいだでは代わりに「睡眠負債」という言葉が用いられている。借金同様、睡眠も返済が滞ると、脳も体も思うようにならなくなり、「眠りの自己破産」を引き起こすからだ。
睡眠負債を抱えた人はとても危険な状態にある。アルコールや薬物とちがい、法の規制もなく、その危険性を本人が認識していないことも多い。
たとえば、睡眠負債を抱えた人は、マイクロスリープ(瞬間的居眠り)に陥ってしまう。これは1秒未満から10秒程度の眠りを指しており、脳の防御反応ともいわれている。睡眠負債によるマイクロスリープが問題なのは、ほんの数秒であるがゆえに、本人も周囲も気がつかない点だ。仮に時速60キロで運転しているときに4秒意識が飛べば、70メートル近く車が暴走する計算になる。
日本では特に、この睡眠負債を抱える「睡眠不足症候群」の人が多い。日本人の平均睡眠時間は6.5時間だが、睡眠時間が6時間未満の人が約40%もいる。必要な睡眠時間には個人差があるため、その時間で十分であればかまわないだろう。
しかし、6時間未満しか寝ていない日本人も、実は「7.2時間くらい寝たい」と考えているという。そしてこの「眠りたい時間」と「実際の睡眠時間の差」も、日本は諸外国と比べて大きいのだ。
睡眠負債は、脳にも体にもダメージをあたえる。2002年にアメリカで実施された100万人規模の調査では、アメリカ人の平均睡眠時間は7.5時間だった。6年後、同じ100万人を追跡調査したところ、死亡率が一番低かったのは、平均値に近い7時間眠っている人たちだった。一方、それより睡眠時間が短い人たちは、7時間眠っている人たちに比べ、6年後の死亡率が1.3倍高かった。
また、「短時間睡眠の女性は肥満度を表すBMI値(体格指数)が高い」という報告もある。これは、眠らないと食べすぎを抑制する「レプチン」というホルモンが出にくくなり、食欲を増す「グレリン」というホルモンが出やすくなるからだと考えられる。同時に、「インスリン」の分泌も悪くなることから、血糖値が上昇し、糖尿病を招くおそれもある。
さらに、睡眠負債は精神状態の悪化にもつながる。眠らないと交感神経の緊張状態が続くため、高血圧になりやすくなる。うつ病、不安障害、アルコール依存、薬物依存の発症率も上昇するし、認知症にかかるリスクも出てくる。
とはいえ、眠りすぎるのも危険だ。1日1時間以上の昼寝は、認知症や糖尿病のリスクを高めてしまう。加えて、平均以上に眠っている人たちの死亡リスクは、睡眠時間が短い人たちと同様に高い。
このように、睡眠負債がもたらすダメージは深刻だ。しかし逆に言えば、睡眠負債を返すだけで、パフォーマンスは劇的に向上する。
スタンフォードの男子バスケットボール選手を被験者とした、興味深い研究がある。10人の選手に40日、毎晩10時間ベッドに入ってもらい、それが日中のパフォーマンスとどう関係するかを調査したところ、最初の数日間はそれほどパフォーマンスに変化は見られなかった。ところが、時間が経過するにつれて、選手たちのパフォーマンスはめざましく良くなっていった。そして40日におよぶ実験が終了したとたん、選手たちの記録は実験開始前に戻ってしまった。このことから、選手たちの集中力と思考力が高まり、エラーが減った理由は、睡眠にあったと考えられる。
ただ、現実問題として「毎日7時間眠る」のがむずかしい人は少なくない。かといって、週末の寝だめ程度では、睡眠負債は解決しない。そこで、限られた時間でいかに睡眠の質を高められるかが重要になってくる。
よく知られているように、眠りにはレム睡眠(脳が起きていて体が眠っている睡眠)とノンレム睡眠(脳も体も眠っている睡眠)の2種類がある。
眠りについたあと、すぐ訪れるのはノンレム睡眠だ。とりわけ、最初の90分のノンレム睡眠は、睡眠全体のなかでもっとも深く、「眠りのゴールデンタイム」と呼ばれている。睡眠の質を高めるうえでは、この「最初のノンレム睡眠」をいかに深くするかに意識を向ける必要がある。
最初の90分の眠りが改善すると、以下のようなメリットが得られる。
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