日本で成功を収めた資産家たちが海外に渡り、資産を現地の銀行に移すとする。目的は何か。
その答えは節税、そして「税逃れ」である。資産家たちは使い切れないほどの資産を抱えると、目減りさせずに跡継ぎに残したいと考える。しかし、日本国内に残したままでは相続税を払う必要に迫られる。
そこで、資産家たちは通称「5年ルール」という日本の税法の抜け穴を通ろうとする。これは、被相続人(親)と相続人(子)がともに5年を超えて日本の非居住者である場合は、日本国内の資産にしか課税されないという仕組みである。
ただし、日本の税法には「非居住者」について明文規定がない。1年の半分以上を海外で過ごせば、日本での非居住が証明できると解釈されている。つまり、資産家たちが1年の半分以上を海外で過ごし、これを5年以上続ければ海外の資産については相続税を払わなくても済むということである。
一見すると、5年ルールは資産家たちにとってこれ以上ない抜け穴であるが、実際は途中で挫折する者も多いという。その理由は「退屈」である。特に一代で成功した資産家たちの多くは、バイタリティにあふれている。税逃れのために海外に移っても、特にすることがなく時間をつぶすことにたまらなく苦痛を感じるようだ。彼らは「5年の我慢」と自らに言い聞かせて、日本に戻ることができる日を待ち望んでいる。
日本の資産家たちが移住先にシンガポールを選ぶ理由とは何か。
まず、治安が良く日本との時差が1時間しかないことである。それに在住の日本人が多いために日本語が通じる「ムラ」がある。語学力が備わっていなくても住むだけなら問題ない。
そして、シンガポール政府が「オフショア」として富裕層を優遇する政策を打ち出していることである。オフショアとは課税優遇地という意味を持つ。優遇策によって相続税、地方税、株式の売買益に関する課税が発生せず、シンガポールの所得税率は最大20%で日本の半分以下にあたる。
かつてシンガポールは、オフショアなのか脱税の温床であるタックスヘイブン(租税回避地)なのかについてグレーゾーンにいた。しかし、現在はOECD(経済協力開発機構)が定めたタックスヘイブンの判定基準からは外れ、オフショアとして扱われている。このため堂々と富裕層の資産を受け入れることができるのである。
富裕層の資産を管理して運用するのがプライベートバンクである。そこで資産家のために働くプライベートバンカーは、1億円以上の資産を持つ者しか相手にしない。大金持ちの資産を守るために存在する「カネの傭兵」で、高い信託報酬を求めることでビジネスが成り立つ。
2010年5月、杉山智一がシンガポールに降り立った。シンガポール銀行(BOS)でプライベートバンカーとして働くためだ。
BOSは当時、日本の富裕層を対象にしたジャパンデスクを構え、日本人スタッフを探していた。杉山は当時40歳で、野村證券に12年勤めた経験を持つ。ヘッドハンターの仲介によってジャパンデスク責任者の桜井剛(仮名)と出会い、シンガポールに渡ることを決めた。
ただし、杉山はBOSでプライベートバンカーとして働くにあたって、1年以内に1億ドルを集めて、百万ドルの収益を上げるという無茶な条件を受け入れた。後先考えずに飛び出してしまう性格から「鉄砲玉」と呼ばれたこともある。今回も鉄砲玉のごとく海を越えた。
BOSジャパンデスクでの初日、腑に落ちない出来事があった。
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