イノベーションを予測したり持続させたりするのが難しい理由は、私たちが正しい質問をしてこなかったからである。既存の理論では、新しい機会や市場の見つけ方をうまく説明できなかったため、イノベーションが起きるかどうかは運まかせだった。だが、運に頼ることなく、イノベーションを引き起こすことを可能にさせてくれる考え方がある。それが「ジョブ理論」である。
ジョブ理論の中核は、顧客が「なぜ」特定のプロダクト/サービスを生活のなかに引き入れるのか、その理由を説明することだ。顧客の目的は、プロダクトを購入することではない。あくまで自分が「進歩(プログレス)」するために、それらを生活に引きこむのである。ジョブ理論における「ジョブ」とは、進歩のために顧客が片づけるべきことを指している。顧客はジョブを解決するため、プロダクト/サービスを「雇用」するのである。
とはいえ、ジョブをきちんと定義することは簡単ではない。なぜならジョブは常に特定の文脈に関連しているからだ。それにもかかわらず、マネジャーたちはたいてい文脈を考慮せず、プロダクトの属性や顧客の特性、トレンド、競争反応といったものばかりに目を向けている。それでは顧客のふるまいを予測することはできない。
ジョブは、従来のマーケティングでいうところの「ニーズ」とは大きく異なる。ジョブを発見するためには、はるかに対象を深く理解する必要がある。ニーズという切り口は、全体的な方向性を把握するうえでは有益だが、顧客がそのプロダクトを選ぶ理由を把握するにはまったくもって力不足だ。
ジョブ理論はよくあるフレームワークやマーケティング手法ではない。さまざまな世界有数の企業に変革的な成長をもたらし、大規模なイノベーションを推進してきた強力なレンズである。
ひとつ具体例を出そう。サザンニューハンプシャー大学(以下、SNHU)は、創設70年程度の中堅校でありながら、2016年度末には年間収入が5億3500万ドルに迫り、過去6年間の年平均成長率では34%という驚異的な数字を叩き出した。様々な媒体で、アメリカ屈指のイノベーションに富んだ組織だと何度も讃えられ、働く場としても最高クラスという栄誉をあたえられている大学だ。
だが、もともと順風満帆だったわけではない。ほんの10年前はSNHUも他の多くの大学と同様、入学者数の確保や予算の捻出に苦しんでいた。だが、2003年にポール・ルブラン氏がSNHUの学長となったことで、風向きは大きく変わった。ジョブ理論を知ったルブラン氏は、学生目線になって「SNHUを雇用して片づけたいジョブはどのようなものなのか」を検討した。そして、当時ひっそりとSNHUでおこなわれていたオンラインの学習プログラムに目をつけた。
それまでSNHUは通信課程の学生を、高校を卒業したばかりの典型的な学生と同じように扱っていた。だが、平均年齢が30歳である通信学生のニーズは、18歳のそれとはまるで異なるものだ。そこで、ルブラン氏をはじめとした経営陣は、傍流に位置づけられていたオンライン部門の扱いを一新することを決めた。そして、志望者たちが社会人教育プログラムを「雇用」して片づけようとしているジョブを見極め、それらを完全に解決するような変革を次々とおこなっていった。
後にルブラン氏はこう語っている。「ジョブ理論は、幹部チームのなかで、また、さらに大きなキャンパス全体で、成長について話すときの共通言語となった。何をするべきか知るのに非常に有効な発見的学習法である」。
ジョブはいたるところに転がっている。すぐ目の前にあるかもしれないジョブを明らかにするための代表的な方法を、ここでは5つ紹介する。
第1の方法は、生活のなかの身近なジョブを探すことだ。自分の生活にある「片づけるべきジョブ」を理解することは、市場調査よりもはるかに雄弁に、イノベーションのためのヒントをあたえてくれる。また、すでに獲得した顧客、まだ獲得していない顧客を観察することからも、じつに多くのことを学ぶことができる。
第2の方法は、「無消費」と競争することである。
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