ヒルビリー・エレジー

アメリカの繁栄から取り残された白人たち
未読
ヒルビリー・エレジー
ヒルビリー・エレジー
アメリカの繁栄から取り残された白人たち
未読
ヒルビリー・エレジー
出版社
出版日
2017年03月15日
評点
総合
4.2
明瞭性
5.0
革新性
4.5
応用性
3.0
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おすすめポイント

本書は、「ラスト・ベルト(さびついた工業地帯)」の一角に位置する、オハイオ州の鉄鋼業の町で子ども時代を送った著者の半生を綴った回想録である。

著者は無名の作家だ(あるいは、だった)。ところが、2016年6月に出版された原書は、発売されるとたちまちアメリカでベストセラーとなった。

著者が育ったのは、貧困や両親の離婚、家庭内暴力、薬物依存症がはびこる社会だった。著者はそこから、海兵隊、オハイオ州立大学、そしてイェール大学ロースクールへと進み、全米トップ1パーセントのエリート層にたどり着いた。

このような経歴だけでも、興味を引くには十分かもしれない。だが、本書がベストセラーとなっている理由はそれだけではない。

著者は自分のことを、アメリカ北東部のいわゆる「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)」に属する人間だと思ったことはないと語る。そのかわりに、「スコッツ=アイリッシュ」の家系に属し、大学を卒業せず労働者階層の一員として働く白人アメリカ人のひとりだと見なしている。

アメリカ社会で「ヒルビリー(田舎者)」などと呼ばれる彼らは、これまでさしたる関心を集めてこなかった。しかし先のアメリカ大統領選で、この地域の票が一気に傾いたことが、結果的にトランプ大統領の誕生に大きく寄与した。

とあるヒルビリーの回顧録である本書は、それゆえにアメリカの白人労働者階層の実態を知るうえで最良の一冊となる。そして読み終える頃には、これが単なる対岸の火事でないことがわかるに違いない。

ライター画像
金井美穂

著者

J.D.ヴァンス (J.D.Vance)
「ラスト・ベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域のオハイオ州ミドルタウンおよび、アパラチア山脈の町、ケンタッキー州ジャクソンで育つ。高校卒業後、海兵隊に入隊、イラクに派兵される。除隊後、オハイオ州立大学、イェール大学ロースクールを卒業。現在はシリコンバレーで投資会社の社長を務める。サンフランシスコ在住。家族は妻と2匹の犬。

本書の要点

  • 要点
    1
    アメリカでもっとも厭世的傾向にある社会集団は、白人労働者である。自分の将来に多くを望まず、その期待値は低い。
  • 要点
    2
    世間からの疎外感を強める原因はコミュニティだけではない。国民の生活水準を向上させるには、適切な公共政策だけでなく、上流階層の人々が新参者に対して心を開くことも必要になる。
  • 要点
    3
    人生を変えるために必要なのは、安定した家庭と広い世界を知ることだ。

要約

貧困の町の実態

地域が貧困化する仕組み
Kenneth Sponsler/Hemera/Thinkstock

著者が生まれ育ったオハイオ州ミドルタウンは、かつてアパラチアから中西部産業地帯への移住の波に乗って、大勢のヒルビリーが流れ込んだ町である。昔はラスト・ベルトの経済発展を象徴する町であったが、にぎわったショッピングセンターはほとんど空き店舗となり、全盛期に富裕層が住んでいたぜいたくな家も、そのほとんどが朽ち果てている。ミドルタウンの市街地は、いまやアメリカの産業の過去の栄光を示す遺物になりはて、薬物依存者と売人の待ち合わせ場所になっている。

このような変化は、住み分け(居住地域の隔離)が進行する経済の新しい現実のあらわれといえる。貧困地域に住む白人労働者数は増加しており、1970年、貧困率10%以上の地域に住んでいた白人の子どもは全体の25%だったのに、それが2000年には白人の子どもの40%にまで上昇している。現在ではさらに高くなっているようだ。

連邦政府は住宅政策として、家を持つことを積極的に国民に推進してきた。しかしミドルタウンのようなところでは、持ち家はきわめて大きな社会的コストとなりうる。働き口がなくなると、家の資産価値が下がって価格が底割れし、引っ越したくても身動きできなくなってしまうからだ。その結果、多くの人がその地域に閉じこめられてしまう。

もちろん、閉じ込められるのはたいてい最貧層の人たちだ。引っ越しできるだけの経済的余裕のある人は去っていく。こうして地域が貧困化していくのである。

雇用がないから消費者も生まれない

こうした現状に対して、歴代の市長たちが何も対策を打ち出さなかったわけではない。ミドルタウンの市街地再生計画がいつもむなしい努力に終わってしまうのは、ミドルタウンに十分な消費者がいないからだ。そしてそれは、消費者を雇用するだけの仕事がないからである。

こうした問題は、ミドルタウンにおけるAKスチール(アームコ・カワサキ・スチール)の役割が崩壊しつつあることのあらわれといえる。AKスチールは、1989年にアームコ・スチールと川崎製鉄が合併してできた会社だ。

アームコ・スチールは1940年代後半頃から、ケンタッキー州内のアパラチア地域の若者を雇用しただけでなく、同時に親類縁者を連れてくることを奨励した。この方針が、アパラチアの人々の大規模な移住を促すことにつながった。アームコの資金で町の公園や施設がつくられ、主要な地域組織の役員にはアームコの関係者が名を連ねた。加えて、アームコは学校への資金援助もしていた。ミドルタウンの住民が何千人も雇用され、学校教育を受けていない人でもかなりの給料をもらっていた。

しかし、いまではAKスチールでも十分な仕事を提供することはできていない。そして満足な雇用も生まれなくなっている。

希望は安定した日々から生まれる
grafxart8888/iStock/Thinkstock

ミドルタウンでは、公立高校に入学した生徒の20パーセントは中退する。大学を卒業する者はほとんどいない。

生徒たちは自分の将来に多くを望んでいない。(1)運がよく、裕福な家庭の出身でコネがあり、生まれた瞬間から成功が約束されているような人間か、(2)生まれつき賢く、

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要約公開日 2017.08.25
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