これまでイノベーションにおける戦略は、大きく分けてふたつあった。ひとつは、技術の躍進によって製品を進歩させる「急進的イノベーション」、もうひとつは、ユーザーのニーズをより的確に分析することで、製品が解決するべき問題を明確にする「漸進的イノベーション」である。
しかし、近年大きな成果を上げている企業やプロジェクトには、第3の戦略を採っているものがある。それが「デザイン・ドリブン・イノベーション」である。
デザイン・ドリブン・イノベーションとは、すなわち「意味」のイノベーションだ。人々が買っているのは「製品」ではなく、「意味」である。人々がモノを使うのは、実利的な理由だけではなく、感情的・心理的・社会文化的な背景も密接に絡み合っている。
1998年、イタリアの企業アルテミデは「メタモルフォシィ」というランプを発売した。これは、もはやランプとは呼びにくいような独創的な製品だった。
それまで、ランプは「美しいかどうか」「自分の部屋に合うかどうか」が基準とされていた。ランプの明るさは当然のこととして考えられていたために、競争は「ランプの外見」という一点に集中していた。
しかしメタモルフォシィのアプローチはまったく違った。使用者のその時の気分や必要に応じて、光の度合いが調整できるカラーライトを用い、雰囲気をつくり出す。そして、人々の気分を心地よいものにする――メタモルフォシィは、今までなかった機能をもった製品として登場したのである。こうして、アルテミデはランプの「意味」を根本から変え、人々がランプを購入する理由を覆した。
このユニークな製品について、アメリカのとあるビジネススクールの学者がアルテミデのエルネスト・ジスモンティ会長に「メタモルフォシィを開発するために、アルテミデではどのように市場のニーズを分析したのですか?」と質問したのだが、その答えが興味深い。ジスモンティ会長の答えはこうだった。「市場? 何が市場だ! 誰も市場ニーズなんか見ちゃいないよ! 私たちは人々に提案をしているんだ」。
ニーズを分析し市場に応えるイノベーションでは、既存の「意味」に対して疑問を投げかけることはせず、既存の「意味」を強調するだけにとどまる。だが、アルテミデはそうではなく、「あなたをもっと快適にするランプ」という新しい「意味」を提案した。そして、それこそがじつは人々が長らく待ち続けていたものであり、デザイン・ドリブン・イノベーションの結実なのだ。
「意味のイノベーション」は、技術のイノベーションと密接に関わりあっている。
たとえば、任天堂のWiiが他のライバルを圧倒し、市場で最も人気のあるゲーム機になったのは、スピードと向きを感知できるようにする加速度振動測定計MEMS(ミクロ・エレクトロ・メカニカル・システム)という技術をゲーム機のコントローラーに用いたからだ。技術イノベーションをうまく取り入れたことで、Wiiはどの年代の人でも、現実世界で体を動かして楽しめるという「意味」を生み出したのである。
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