箱庭療法は、本書の初版が出たときすでに日本で広く使用され、効果をあげている心理療法の一つである。簡単にいえば、患者が継続的に箱庭をつくるうちに、治療が進んでいくというものだ。河合隼雄氏は、スイスにあるユング研究所に留学した際、箱庭療法を熱心におこなっていたカルフ氏と出会い、箱庭療法を知った。
著者自身が箱庭をつくってみて、興味深いものだと実感した。その理由の一つは、箱庭をつくる伝統が日本に昔から存在し、大人も子どもも抵抗なく取り組めると考えられたためだ。ユングの精神分析では、患者に絵を描いてもらうことが多いが、絵が苦手な人は描くことにためらったり、思い通りに表現できなかったりする。これに対し、日本人が非言語的コミュニケーションを得意とするという点からも、非言語的に内面を表現する箱庭療法は日本人向きだといえる。
河合氏に箱庭療法を紹介したカルフ氏は、治療者と患者の関係に注目していた。箱庭をつくるといっても、その人の内面にある世界「内界」を開示するので、その基盤には安定した関係がなくてはならない。カルフ氏は、それを「母子一体性」と表現しており、母子のような深い関係があってはじめて治療が進むという。
また、カルフ氏は、ユング心理学を用いて箱庭の表現を象徴的に解釈する方法を発展させた。箱庭をつくることによって、患者の「自己実現」が促進され、自ら治っていくということを明らかにしていったのである。
河合氏は1965年にユング派精神分析家の資格を得て、日本に帰国した。そして、さっそく箱庭療法を使ってみると、治療効果が上がることが分かったため、日本国内での箱庭療法の普及に努めた。河合氏が留意したのは、治療者となる人に一度は箱庭をつくってもらうことである。治療者自身が箱庭療法を体験することが一番大切だと考えたからだ。
最初は、ユング心理学による象徴解釈について一切述べずに、事例から直接学ぶように心掛けた。時には「解釈するより、鑑賞すること」と伝えることもあったという。なぜなら、箱庭療法では治療者と患者の関係が重要であり、治療者が最初から「知ったかぶり」の姿勢で臨むと、その関係が壊れてしまう可能性があるからだ。
また、箱庭は写真を撮影して人に見せることができる。この直接性や具象性のために理解されやすいという点も手伝って、日本での注目が高まっていった。
一方で、箱庭療法の発展とともに課題も出てきた。子どもから成人、心身症や精神病の人にまで、幅広く適用されるようになったが、箱庭療法ですべての人が治るわけではない。治療者は箱庭について解釈を加えずに、箱庭をつくる場に居るだけでよいとはいうものの、治療者の人間としての「器の大きさ」が試される場面が多く出てきた。患者に箱庭をつくってもらっても、治療への流れが発生せずに堂々巡りに陥ったり、破壊的になったりしてしまうことがある。
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