アクセンチュアには「コンダクト・サーベイ」と呼ばれる、全社員を対象とした意識調査がある。これは仕事や働き方に対する社員の満足度や組織課題を把握するために、2年に一度実施されるのだが、ずいぶん前から良くない結果が出続けていた。たとえば「プロにふさわしくない振る舞いが目立つ」や「非現実的な指示が横行している」といった指摘である。
こうした指摘は、いわゆる“体育会的な”カルチャーに起因するものだと考えられる。会社の立ち上げ期には、体力や気合、根性が物をいう面もあっただろう。長時間労働をものともせず、社員全員が一丸となって必死で働かなければならなかったはずだ。
しかしそのような時代はすでに終わりを迎えている。旧態依然とした組織文化や働き方をこれ以上放置していては、優秀かつ多種多様な人材の確保は難しくなり、社員を疲弊させる一方だ。それでは次のステージへ進むことは難しい。
幸いなことにこのとき、ビジネスの現場ではデジタル化の追い風が吹いていた。デジタル分野は、女性や外国籍の人材が活躍する分野である。よりダイバーシティのある組織に変革できるか否か。アクセンチュアは、社内にはびこる組織カルチャーを抜本的に見なおすかどうかの岐路に立たされていた。
社内の意識調査によってわかった組織課題はたくさんあった。その中から社員や採用応募者から得たキーワードを集約して設定したのが、「ダイバーシティ・チャレンジ」「リクルーティング・チャレンジ」「ワークスタイル・チャレンジ」の3つである。
「ダイバーシティ・チャレンジ」とは、社員のバックグラウンドや考え方、ライフステージが多様化したことに対応できる職場づくりを指す。
「リクルーティング・チャレンジ」では、会社の成長の源泉となる人材を惹きつけ、いつでも優秀な人材が参画し活躍できる環境づくりをめざす。
「ワークスタイル・チャレンジ」は、生産性を向上させることで労働時間を短縮し、高い価値を生み出す働き方の定着に取り組むことだ。
こうしたアクセンチュア流働き方改革は、まとめて『プロジェクト・プライド』と名付けられた。アクセンチュアで働くすべての社員が、プロフェッショナルとしての自信と誇りのもてる未来を創造する施策である。
アクセンチュアが意図したのは、プロフェッショナルを再定義することだ。一流のプロフェッショナルとは、長時間労働という犠牲を払ってまでお客様に価値を提供することなのだろうか。それが本当の誇りと言えるのか。アクセンチュアがあらためて問い直したかったのは、そういうことである。
『プロジェクト・プライド』を進めるにあたっては、アクセンチュア自身がお客様に提供している組織改革手法「改革のフレームワーク」が用いられた。このフレームワークには4つの象限がある。
第一象限は、「方向性提示と効果測定」である。方針を定めてなりたい姿と測定指標を確定し、その効果をモニタリングする。
第二象限は、「リーダーのコミットメント」である。執行役員や本部長クラスの現場のリーダーたちが、自部門において全責任をもってプロジェクトを推進していけるようにコミットメントを引き出す。
第三象限は、「仕組み化・テクノロジー活用」である。既存の制度の浸透や強化を図るだけでなく、新たな制度の制定やツールの整備を行なう。
第四象限は、「文化・風土の定着化」である。態度変容を促すための継続的な情報発信やイベントキャンペーンを実施する。
このフレームワークの特徴は、ハードファクターとソフトファクター、トップダウンとボトムアップを統合している点にある。なかでも重要なのは第三象限だ。働き方改革を邪魔する仕組みは変えていかなければならない。
「会社を変える」という大きなテーマのもとでプロジェクトを進行していくためには、ロードマップの策定が重要となる。実現までの目標期間を3年間に設定し、なりたい姿にもとづいて具体的なアクションプランに落とし込んでいった。
プロジェクト推進の体制づくりで重視したのは、経営トップから現場の社員まで、組織全体で取り組む体制をつくることだ。改革はトップダウンで強力に進めていかなければ絶対に成功しない。そのため社長自らがプロジェクトリーダーとして動いた。加えて、人事部長などの管理部門の主要な責任者全員を兼任でプロジェクトに参加させた。
このように体制は整えても、業務の忙しさを理由に、プロジェクトに対していまひとつ前向きに取り組んでくれない社員もいる。そこで『プロジェクト・プライド』の活動を「業務」として明確に位置づけた。そうまでしなければ、忙しい社員たちに自発的に動いてもらうことは難しいのだ。
2015年4月、満を持して『プロジェクト・プライド』が始動した。
最初に行なったのは、全社員が一堂に会する「オフィスワイド・ミーティング」でのキックオフ宣言だ。オリジナル映像を流して、集まった社員にプロジェクトのビジョンを印象づけた。
またそこでは、アクセンチュアの社員としてめざしてほしい“ニュータイプ”のイメージも伝えた。ニュータイプとは、仕事もその他の時間も大切にする「時間の達人」であり、限られた時間の中でもしっかりと結果を残すプロフェッショナルのことだ。チームプレーを得意とし、担当や部門などの垣根を越えてコラボレーションすることを武器とする。誇りと品位をもち、人への敬意を忘れない。これが、めざすべきアクセンチュア社員の姿であると。
改革のフレームワークの第一象限「方向性提示と効果測定」では、各種KPI(重要業績評価指標)の設定による数値化の徹底や、経営トップがリーダーとなって改革を強力に推し進める体制づくりなどが行なわれた。
しかしプロジェクトのスタートから1年が経過してなお、この活動を単なる“挨拶運動”や“早帰り運動”だと思っている社員が存在した。そこで社長があらためて自分の言葉で、改革の重要性やその方向性に関するメッセージを発信した。事務局からの定期的な情報発信でなく、社長自らメッセージを発信することが、社員の説得には効果的だからだ。
社長はそのメッセージの中で、『プロジェクト・プライド』が定義するワークスタイル改革について触れた。「アウトプットとはアクセンチュア品質を保ち(または向上し)ながら、自己成長やプライベートの時間を創り出せるように、個人やチームが生産性を高めること」であると。
これは仕事が終わっていなくても6時になったから帰る、という話ではない。これまで10の仕事を10時間かけてやっていたところを8時間でやろうとすること。つまり生産性向上の話なのだ。
『プロジェクト・プライド』の成果を可視化するため、アクセンチュアでは「プライド・サーベイ」という社内調査が行なわれている。これはシステムからデータが取れない項目について定点観測するためのもので、その調査結果を次のアクションにつなげていくうえで重要な役割を担っている。
プロジェクトの推進に有効な回答が得られるかどうかは、調査における質問のつくり方次第だ。そのため、組織に内在する数多くの課題をあぶり出す質問に設定することがきわめて大切になる。
たとえば「ハラスメントがあるか」というような単純な質問ではいけない。なぜなら問うべきなのはハラスメントの有無ではなく、「ハラスメントは許してはいけない」という本質が組織に浸透しているかということだからだ。そういう観点に立って考えれば、質問は「ハラスメントがありますか?」ではなく、「ハラスメントを容認しない雰囲気がありますか?」となるだろう。
改革のフレームワークの第二象限「リーダーのコミットメント」には、3つのテーマが設定されている。「本部長が改革に責任をもって実施すること」「各現場リーダーがコミットメントすること」「問題と解決に向けた障害を特定し対処すること」である。
カルチャー改革においては、リーダーシップがきわめて重要な役割を果たす。それは今回の改革においても同様だ。現場のリーダーに本気で取り組んでもらわなければ、アクセンチュアは変われなかった。
ただ最初は、経営トップから本部長クラスのコミットメントを得て順に改革を進めたものの、案の定、そこから下のレベルになかなか広がらなかった。マネジング・ディレクター(部長クラス)からコミットメントアクションを募集してみたものの、これも集まりが悪い。
たしかにマネジング・ディレクターは、アクセンチュアの中でももっとも忙しいポジションのひとつである。彼らが本来の業務以外に積極的に時間を割かないからといって、責めることはできない。しかし社長としては『プロジェクト・プライド』にこそ時間を使ってほしかった。
そこで、マネジング・ディレクター約200人が一堂に会してディスカッションする場を設けた。拘束時間は3時間。リーダークラスの社員が3時間も現場から離れるとなると、その大変さは想像に難くない。しかし結果的にディスカッションは大いに盛り上がり、次々と具体的なアクションプランが生み出されて実行へと移された。これが改革の転機となった。
アクセンチュアがめざす「時間の達人」というのは、生産性の高い状態をキープできる人のことをいう。
プロジェクト事務局がまとめた「アクセンチュアが考える生産性の考え方」では、生産性に影響を与える要素を4つにまとめている。そのうち次の3つは、お客様の要望により決定されるため自社のコントロール下にはない。すなわち、「仕事のボリューム」「仕事の難易度」、それらに応じた「投入工数」である。
「時間の達人」になるには、4つ目の要素である「組織能力の高低」に注力する必要がある。同じ仕事を同じ人数で行なうとしても、組織能力の高低によって会社の利益率は変わる。そして組織能力は自社でコントロールが可能な領域なのだ。
たとえばアウトソースを活用して個人の業務を効率化し、会議時間は長くても1時間以内に設定して参加者も必要最低限に留める。このように、組織能力を高めて全体のパフォーマンスを上げる手段は、工夫次第でいくらでもあるのである。
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