まずはEUの成長戦略がどのように定められたのかを振り返ろう。リーマンショックの影響でGDPが年4%も下落したEUは、2010年に生産性と競争性の向上をめざすために、現実的な成長戦略を必要とした。2000年に立てた「リスボン戦略」を「欧州2020」に改め、その中でイノベーション政策に取り組むことを決めた。
EUのイノベーション政策は、デザインがイノベーションを牽引できるという認知を広めることが期待されている。中でも注目すべき点は、人を対象として重んじる「ユーザー中心デザイン」と、それを基礎にデザインの考え方やプロセスをビジネスパーソンが活用できるように体系化した「デザイン思考」、そして日本ではまだ耳慣れない「デザイン・ドリブン・イノベーション」という3つのアプローチを重視するという点だ。
こうして2011年に欧州デザインリーダーシップ評議会が設置され、2013年には「EUにおけるデザイン・ドリブン・イノベーションに向けたアクションプラン」が策定されている。
2016年には、EUで中小企業に向けたデザイン導入教育が始まった。なぜ中小企業をターゲットにしたのだろうか。
EUが調査した企業のうち79%が、「2011年以降に1つでもイノベーションを導入した」と回答し、3年間で25%もの売上増加を果たしていた。しかし、従業員500人以上の企業の85%がイノベーションに取り組めたのに対し、10人未満の企業は63%にすぎなかったという。そのうち、71%の企業が「資金不足」を原因としていた。
このように、技術開発に依存していると、開発投資がかさみ継続性が保たれない。デザイン思考によりイノベーションを図ろうとしても、ユーザーの意見を重視する手法であるため、「変革を遂げたい」という内なる動機を持つ中小企業の経営者にはマッチしづらい。そこでEUは「デザイン・ドリブン・イノベーション」に注目した。
EUのイノベーション政策立案者は次の2つの選択肢を考えた。1つは、テクノロジー開発の背中を押すことだ。もう1つは、市場に新しい意味をもたらす土壌を作ることである。この「新しい意味」をもたらすのが、「デザイン・ドリブン・イノベーション」の狙いだ。
技術が「How」を求める一方、新しい意味は「Why」を追求する。その具体例として、EUの中小企業向けデザイン導入コースでデザイン・ドリブン・イノベーションを担当するクラウディオ・デレッラは、ロウソクを挙げている。
電気のない時代、ロウソクは灯をともす道具だった。しかし電気が普及した現在もロウソクは使われている。その理由は、例えば特別な日の食卓に雰囲気を添えるといった、新しい意味を生み出したからだ。
3,400冊以上の要約が楽しめる