著者は、自らが専門とする生命科学を、「生命に共通の法則性を解き明かし、それを活用する学問」と考える。
古くからある生物学とちがって、生命科学は20世紀後半になって生まれた、新しい学問だ。1953年にDNAの2重らせんモデルが提唱されたことが、生命科学誕生のきっかけとなった。それまで、遺伝子というものの存在は、認められてはいたものの、それがどんな物質なのかはわかっていなかった。しかし、DNAという「もの」がわかったことで、「遺伝子組み換え」などのテクノロジーが実現されることになった。つまり、個別の事象の観察が主である生物学に、もの作り・応用開発を行うテクノロジーがプラスされた学問が生命科学なのである。
そして、テクノロジーは「常に進歩する」。このことを理解するための好例が、「ヒトゲノム計画」である。ヒトゲノム計画とは、1990~2003年に実施された、ヒトのゲノムの全塩基配列(全ゲノム)を明らかにする世界規模のプロジェクトである。13年、30億ドルとたいへんな時間と費用が投じられた計画であるが、ここで注目すべきは、「ヒトのゲノムは解析できる」という実績だ。
時間と費用の問題は、テクノロジーの進歩が解決する。そのことを勘定に入れて考えると、自分のゲノムを全て調べ、そのデータを手にするという未来が予測できる。実際に、著者自身ジーンクエストというサービスを提供しており、個人のゲノムの一部を調べている。テクノロジーは進歩する。だからこそ、「テクノロジーが進歩した未来を想定する」ことが必要なのだ。
前述のとおり、生命科学は、「生命に共通の法則性を解き明かし、それを活用する学問」である。法則性を見つける、とは、現象を「再現」し、起こっていないことを「予測」し、望んだ方向へ「変化」させることである。テクノロジーによって法則性を活用すると、たとえば、ゲノムの中の狙った場所を正確に変化させる「ゲノム編集」のようなことも可能になる。
おおもとにある法則性の解明のために必要になるのは、多くの「データ」である。ヒトゲノム計画では「ゲノムだけわかっても何もわからない」ことがわかった。その意味では期待はずれであったが、ヒトゲノム計画は生命科学に大きな流れを生みだした。「生命をデータとして扱う」という流れである。
現在、生命、特にゲノムについていえば、ゲノムワイド関連解析(GWAS、ジーワス)という方法が用いられる。GWASでは、何千、何万という単位の人のゲノムを丸ごと調べ、「スニップ」と呼ばれる、1塩基だけが他の塩基と置き換わっている箇所に注目する。そして、膨大なスニップのデータを専用のプログラムで処理し、特定の病気や性質に関連しそうな遺伝子を浮かび上がらせるのである。著者の企業、ジーンクエストも、この「スニップ」に着目し、ゲノムを解析した上で、病気リスクや体質に関わる情報をユーザーに伝えている。
ゲノムと病気の関係を調べるには、同一人物を長期にわたって追跡調査し、生活習慣の影響や病気になったかどうかを調べなければならない。こうした研究は「コホート研究」といい、調査対象者の協力なしには成立しなかった。が、近年、インターネットの利用によってコホート研究は容易になっている。
さらに、ウェアラブル端末などを利用すれば、研究に必要な大量のデータが、研究者のもとへ簡単に集められるようになるだろう。
このようにしてデータ中心の研究が主流になってくると、
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