人を惹きつけ、新たな行動を引き出すには3つのステップがある。その第1段階が「アンフリーズ(解凍)」だ。これは固定観念を破ったり、新たな気づきを与えたりすることを意味している。
アンフリーズを成功させるうえで効果的なのが、「時間のマジック」と「空間のマジック」だ。時間と空間を切り替えることで、当人の頭の中を支配している「世界」に変化を与えるのである。
具体的に述べていこう。「時間のマジック」とは、当人が囚われている、時間に対する見方を切り替える手法だ。たとえば目先のことで切羽詰まっている時には、時間軸を伸ばして長期的な視点を与えてあげる。逆に将来のことや長期のことばかりに気をとられて目の前のことが疎かになっている場合は、目先のことや「今」に集中させる。長期的な視点と短期的な視点の自在な切り替えこそが、当人が無意識のうちに囚われている固定観念を打破することにつながり、新たな気付きを導くのである。
どのような時間軸に切り替えればいいのかは状況によって異なるが、松下幸之助のエピソードや講話の中には、効果的に「時間のマジック」を活用しているシーンが随所に見られる。
昭和11年、松下電器(現・パナソニック)の分社である松下乾電池株式会社では、新入社員が35人程度集められ、幸之助を囲む懇談会がもたれた。そこで1人の新人社員が立ち上がり、「自分はてっきり松下無線に入社できると思っていたが、案に相違して乾電池に回された、ひどいやり方だ」と訴えた。
これに対して幸之助は「きみ、わしにだまされたとおもって10年間辛抱してみい。10年辛抱して今と同じ感じやったら、わしのところにもう一度来て、頭をポカッと殴り、おれの青春10年間を棒に振ってしまったと言ってやめたらいいではないか。わしは、たぶん殴られんやろうという自信をもっておるんや」と返答した。20年ほどのち、その新入社員は乾電池工場の工場長になった。
このエピソードはまさに、「若い部下の見ている時間軸を伸ばしてやる」という視点から生まれている。時間を伸ばしてやることで、目の前にある苦難を簡単に超えられるように受け止めさせた。それが部下のやる気や覚悟を引き出し、モチベーションを高めることにつながったのである。
一方の「空間のマジック」とは、空間的な視点の切り替えを指している。
人は行き詰まると、どうしても無意識のうちに特定の視界や視点に囚われてしまいがちだ。そこで幸之助は部下が固定観念に陥らないよう、しばしば何かと対比することで、より広い視野を部下に与えていた。
ある事業部の経営がなかなかうまくいかず、新任の部長が立て直しを図ることになったときのことだ。その部長は「いろいろ実態を調べましたが、これは必ずよくなります。だから半年間は黙ってみていてください。必ずよくします」と幸之助に挨拶した。これに対し幸之助は笑顔で対応した後、「きみ、私は、1年でも2年でも待つけどね、世間が待ってくれるかどうか、それは私は知らんで」と答えた。
このエピソードでは、「私は待つけど、問題は世間だよ」という言葉をかけることで、新任の事業部長に対し“世間”という視点を与えたのである。対比的な表現をすることで視界を変更させ、さらには「企業の発展は社会が決める」という信念を伝えている。企業や事業の本質的な存在意義をスパッと見抜いた、珠玉の言葉だといえる。
「アンフリーズ(解凍)」ステップで新たな気付きを与えることができたら、次は「チェンジ(変化)」のステップに進む。
部下の意識や行動を変化させるためには、「目標のマジック」と「安心のマジック」がとくに効果的だ。目標のマジックは、アンフリーズされた状態の当人に新たな目標や意義を、一方の「安心のマジック」は、その目標に向かって一歩を踏み出すための安心感を与える技法である。
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