子どもたちの階級闘争

ブロークン・ブリテンの無料託児所から
未読
子どもたちの階級闘争
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ブロークン・ブリテンの無料託児所から
未読
子どもたちの階級闘争
出版社
みすず書房

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出版日
2017年04月17日
評点
総合
3.7
明瞭性
3.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

たとえば、ある保育士の明らかな怠慢や失態、あるいは悪意によって子どもに怪我をさせ、その子どもが血まみれの状態で保育園の庭に倒れていたとする。それを見た別の保育士はどうするだろうか。倒れた子どもに目もくれず、激昂して保育園の経営者に抗議しはじめるだろうか。

普通に考えるとそんなことはないはずだ。なによりも優先すべきは人命である。だが現実にはそのような事態が起こっている。つまり政治批判だけが先行してしまい、被害を被っている人たちが放ったらかしになっているのである。

英国で保育士として働く著者は、2010年以降に保守党政権が行なった緊縮財政政策が、下層社会にどのような影響を及ぼすのか、身をもって体験したという。そして「人民よりも資本が優先されていないか」と疑問を投げかける。

「保育」と「ポリティクス(政治)」という独自の切り口で軽妙に語られる本書は、ともすれば政治批判をするときに忘れ去られてしまう人々のことを、あらためて思い出させてくれるだろう。「政治は議論するものでも、思考するものでもない。それは生きることであり、暮らすことだ」「地べたにはポリティクスが転がっている」――こんな言葉をまじえながら、著者はポリティクスとの向き合い方に一石を投じる。そしてわたしたちがつい見落としてしまう、ミクロな視点の重要性を浮き彫りにさせてくれる。

第16回新潮ドキュメント賞受賞も納得の一冊だ。

ライター画像
金井美穂

著者

ブレイディ みかこ
保育士・ライター・コラムニスト。著書に、『花の命はノー・フューチャー』(2005年、碧天舎;DELUXE EDITION 2017年、ちくま文庫)、『アナキズム・イン・ザ・UK──壊れた英国とパンク保育士奮闘記』(2013年)、『ザ・レフト──UK左翼セレブ列伝』(2014年)(以上、Pヴァイン)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(2016年、岩波書店)、『THIS IS JAPAN ──英国保育士が見た日本』(2016年、太田出版)、『いまモリッシーを聴くということ』(2017年、Pヴァイン)。雑誌『図書』で「女たちのテロル」を連載中。1996年から英国・ブライトン在住。

本書の要点

  • 要点
    1
    著者はもともと、生活保護を受給しているシングルマザーや、ドラッグ依存から回復中の人たちの子どもを預かる託児所で働いていた。だが緊縮財政政策が始まったことで資金不足になった底辺託児所は、「緊縮託児所」と化してしまった。
  • 要点
    2
    英国の幼児教育施設は子どもを「預かる場所」ではなく「教育する場所」と認識している。そこでもっとも重視されるのは「個人的、社交的、そして感情的な発育」、つまりエモーショナル・インテリジェンスである。
  • 要点
    3
    日常生活でリアルに外国人と接し、衝突しながら共生していく。そのプロセスが社会を前進させていく。

要約

底辺託児所の時代

リッチとプアのパラレルワールド
erllre/iStock/Thinkstock

著者は英国の「底辺託児所」で働く保育士だった。この託児所は「平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準1パーセントに該当する地区」にあり、無職者や低所得者支援を行なうセンターが母体だ。著者が「底辺託児所」と呼ぶ理由もまさにそこにある。生活保護を受給中のシングルマザーや、家賃が払えずホームレスになった人、アルコールやドラッグへの依存症から回復中の人たちの子どもを預かっているからである。

英国の公立小学校では、校門から自宅までの距離で入学資格の有無が決定される。そのためミドルクラスの親子が立地の関係上、うっかり底辺託児所があるような地域の公立小学校に振り分けると、親子ともども泣きながら学校見学から帰ってくることになる。「やっぱり、家庭環境があまりに違うのはムリだと思った」といいながら。

こうしてリッチな子どもとプアな子どもは、互いに触れ合うことなく、分離された社会の中で生きていくようになっている。

政治と託児所

底辺託児所の命運は、しかし政権交代によって大きく左右されることになる。トニー・ブレアやゴードン・ブラウンの労働党政権の時代は、生活保護や失業給付が手厚く、しかも比較的簡単に給付されていた。しかし2010年に政権を握った保守党政権が緊縮財政政策に舵を切ったことから、それらは積極的にカットされてしまった。

こうした福祉制度の見直しは、2015年に保守党政権が総選挙でふたたび勝利してからもなお、政策の柱であり続けた。というのもタブロイド紙が、生活保護を受給したほうが最低保証賃金で働くより収入が高いことや、子沢山のシングルマザーが生活保護と育児補助金を海外旅行や整形手術に費やしていることを報道したからだ。そのため生活保護受給者をバッシングする風潮が高まり、保守党政権も自らの支持率維持のためにこれを利用しているのである。

だが保守党政権が財政赤字削減のために大幅にカットしたのは、下層で生きる人々を支えるための公的な資金援助だった。当然ながらその影響は底辺託児所にも及んだ。地域の人々のために運営されていたサービスは、補助金カットで打ち切りとなった。外国人のための無料英語講座だけは補助金が継続して出たので、かろうじて継続された。資金不足で玩具すら買えなくなってしまった底辺託児所は、もはや「緊縮託児所」へと様変わりした。

【必読ポイント!】 緊縮託児所の時代

緊縮託児所の利用者たち
bodnarchuk/iStock/Thinkstock

保守党政権による緊縮財政政策の影響により、緊縮託児所の利用者にも変化が現れた。もともとこの託児所を利用していた人たちは、大きくは次の3つのタイプに分けられた。

1つ目は「アナキスト」、戦う激左と呼ばれる人々だ。高学歴で育ちが良く、自らの意志でミドルクラスから下層に降りてきたヒッピー系インテリゲンチャたちで、勤労せず失業保険や生活保護を受けながら、自ら信じる政治信条のためにヴォランティア活動を熱心に行なった。

2つ目は「チャヴ」と呼ばれる、公営住宅地にたむろしているガラの悪い若者たちだ。10代の妊娠やドラッグなど、英国社会の荒廃の象徴とされてきた層である。彼らのなかには、親子三代生活保護で生きている人もいた。

3つ目は英国に来て間もない外国人である。難民の親子や、英語ができないため仕事が見つからない人もここに該当する。底辺託児所の母体である慈善センターが運営する、外国人向けの無料英語講座を受けに来る人が多い。

緊縮託児所の時代に入ってからは、最初の2つに該当する人たちが生活保護の打ち切りを理由に社会復帰し、後には外国人たちが残った。2011年の国勢調査によると、少なくとも両親の片方が外国人である子どもの割合は、全体の31パーセントにもなる。英国は世界の子どもたちを育てはじめているのだ。

緊縮狂の政治指導者たち

労働党政権の時代では、幼児教育の大改革が行なわれ、保育士を教育者に押し上げる政策が推進された。託児所のヴォランティアたちも、みな熱心に学んでいたものだ。

それなのに保守党政権の緊縮財政政策が、ヴォランティアを激減させてしまった。

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要約公開日 2018.01.27
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