「注文をまちがえる料理店」の営業時間は、11時から15時までの4時間で、普通のレストランと比べると短い。しかし認知症は状態が進行すると、疲れやすくなることもあり、介護職員や福祉チームのサポートがあっても、スタッフにとっては決して楽な仕事ではない。
たとえば認知症になると、「1+1は?」という問いかけにも「2」という答えを導き出すまでに長い時間がかかったり、結局その答えがわからなかったりすることがある。「わかって当たり前」のことがわからない状況にあるため、普通ならば気を遣わなくてもいいところにも、常に神経を張り巡らせなければならない。そういう状況が、疲労を加速させるのだ。
しかし「注文をまちがえる料理店」でスタッフとして働いた74歳のヨシ子さんは、かつて美容師として働いていたこともあり、4時間の間一度も休憩をとることなく、すばらしい働きぶりを見せた。もちろん注文を間違えてしまうことは何度もあったが、ヨシ子さんにとって重要だったのは「仕事ができる」という事実であり、人から必要とされる喜びだった。
この日「注文をまちがえる料理店」で働いたスタッフには、認知症で自信をなくし、ふさぎ込みがちになっていた人も多かった。しかし、「間違えても、やり直せばいい」という場所で働くことで、明るい気持ちを取り戻すことができたという。
「注文をまちがえる料理店」に来店したお客さんの中には、知的障がいを持った青年もいた。大人になるにつれて自分に向けられる視線に対して敏感になり、人を嫌って外食することにも抵抗を感じていた青年だったが、「メニューを間違えるかもしれない」というワードに惹かれ、「注文をまちがえる料理店」を訪れた。
そして彼は、そこで久しぶりに明るい笑顔を取り戻すことができた。誰にでも話しかける彼に眉をひそめる人は誰一人としておらず、あるがままの彼を受け入れてくれた。また一緒に訪れた両親も、ゆったりとした気持ちで食事を楽しむことができた。彼にとって「注文をまちがえる料理店」は特別な場所になり、あそこで働いてみたいという希望も生まれたという。
根本的には彼の外食嫌いも人嫌いも変わったわけではない。すべてがよい方向に変わったわけではないし、「注文をまちがえる料理店」ができたからといって、認知症の状態にある人の問題がすべて解決したわけでもない。
ただ働く人にとってもお客さんにとっても、「間違いを受け入れてくれる」場所があることが、何ものにも代えがたい価値となったのである。
「注文をまちがえる料理店」には、プロジェクト発起人からスタッフまで、飲食にまつわる仕事をした経験のある人はほとんどいなかった。しかしたとえスタッフに経験がなく、認知症で記憶力が弱っていても、人と接することは身体が覚えている。サポートメンバーもそれほど肩肘張らずに、大変そうに見えたら手伝いをするという姿勢を保った。そして何よりも一緒に笑ったり、楽しんだりすることを大切にした。
認知症の状態にあるスタッフだけでなく、来店するお客さんの中にも、障がいを抱えていたり、病気を患っていたりと、さまざまな背景を持った人がいた。だが普段の生活で不便を強いられることも多く、悩みも絶えない人たちが、おいしい料理を目の前に笑いあえる場所。それはたしかに存在していたのだ。
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