藤井聡太(以下、藤井)氏は幼いころ、対局で負けると火がついたように大泣きしたそうだ。それが単なる練習将棋だろうが、個人的な将棋だろうが関係なし。どんな将棋でも心底悔しがったという。
藤井氏は大差で負けている練習将棋でも、決して最後まであきらめない。とことん勝利にこだわる。そんな彼は天性の負けず嫌いであると同時に、天性の勝負師でもあると著者はいう。
将棋は一対一の勝負だ。負けても他人に責任を押しつけることはできない。だからこそ負ければ悔しい。
大事なのは敗因を見つけて、それを忘れないことである。将棋は相手がうまいから負けるのではない。自分がミスを犯すから負けるのだ。どの手が悪かったのか。どんな気持ちで、どこへ逃げたのか。同じ間違いを犯さないために、勝負がついた後の感想戦で、相手と一緒にそれを追求するのである。
当時小学3年生だった藤井氏は2011年、小学生倉敷王将戦の低学年の部で優勝。さらにJT将棋日本シリーズ子ども大会の東海地区大会・低学年の部でも優勝した。
とはいえプロになるには、日本将棋連盟のプロ棋士養成機関「新進棋士奨励会」(以下、奨励会)への入会が必要だ。その受験にあたってプロ棋士の師匠が必要となり、声がかかったのが著者だった。
奨励会に入った後も、プロになるための道は依然として険しい。原則として26歳までに四段になれなければ、退会を余儀なくされてしまう。プロになれるのは、全体のわずか2割程度だ。
プロ入り最後の難関を三段リーグという。これは30人前後の三段同士が半年間に渡り18局戦って競うもので、上位2人しか四段に上がれない。そのため四段に上がってプロになろうとする者には、嫉妬や羨望、ときには憎悪の眼差しが向けられることになる。とくに年下の後輩に抜かれることは、恐怖さえ感じるものなのだ。
四段になると、対局料や賞金などの収入が得られるようになる。逆に三段までは無給どころか、奨励会の会費を支払わなければならない。プロ棋士になることを目標とする人にとって、三段までは何の意味ももたないのだ。本当に厳しい世界である。
藤井氏は天性の勝負師であるとともに、最善手の研究者という一面ももっている。藤井氏は将棋で相手のミスを期待したりなどしない。相手が最善手を指してくることを前提にして対局に臨むのだ。
最善手を研究する将棋を詰将棋という。詰将棋は将棋のいわゆる基礎トレーニングに当たるものだ。あらかじめ答えが用意されたパズルで、最短で勝つための道を考え一人で解く。なかには三十手を超えるような難問もある。
詰将棋を学んだからといって、勝負に勝てるようになるわけではない。勝つことだけを考えるなら、戦術書で新しい戦法を覚えたほうがよっぽど実践的である。一方で詰将棋は継続するのが大変だし、地味な学び方だ。
しかし藤井氏は、時間さえあれば一心不乱に詰将棋を解いていた。そうした経験は藤井氏の「読みの原動力」となり、まっすぐに勝ちに行く正攻法の戦い方に影響を与えている。
「将棋は歩から」という。歩は力こそ弱いが、歩がなければ自陣がむき出しになり、防御も攻撃も弱まってしまう。ある意味でもっとも力の弱い駒は、同時にもっとも大事な駒でもある。歩をうまく使えるようになると、将棋は強くなる。
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