高齢者の困った行動について見ていく前に、まず私たちの体の変化について確認しておこう。
普段の朝食の風景をイメージしてほしい。
朝起きて、トースターでパンを焼く。「チン」と音が鳴り、パンを取り出そうとして、うっかり金属部に手が触れてしまい、「熱っ」と言って手を引っ込める。焼きたてパンの香ばしい香りを感じながら、バターの賞味期限を確認し、パンに塗る。溶けたバターのニオイが食欲をそそり、かぶりつくと、口の中に美味しさが広がった。
この普通に見える朝食の風景が、高齢者になると次のようになる。
朝目が覚めると、時刻はまだ4時。外は真っ暗だ。パンを焼こうとトースターをセットしてしばらく待つ。まだかな? と思い、覗いてみると、パンはとっくに焼けていた。「チン」という音が聞こえず、気がつかなかったのだ。パンを取り出し、ふと手を見てみると、やけどをしていた。焼きたてのパンの香りはしない。バターの賞味期限を見ようとしても、字が小さくてよく見えない。まあいいかとパンに塗ってかぶりついたが、ほとんど味がせず、ただ喉に流し込んでいるような感覚だった。
私たちの五感、すなわち「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」は、年齢が上がるにしたがってすべて衰えていく。
「視覚」は40代半ばからだんだん老眼になり、60代頃から老眼鏡がないと文字が読みづらくなる。また白内障は50代の半数以上に見られ、80代を超えると99%が白内障だ。明るい所と暗い所が見にくくなるため、夜間運転で対向車のライトがまぶしく感じ、事故を起こす可能性が高まる。
「聴覚」の場合、50代後半から難聴がはじまる。実際80代以上の7〜8割の人が、聴覚に問題を抱えている。高い音が聞こえにくくなるため、電子音を聞き逃したり、複数の音声の聞き分けが難しくなったりする。後ろから来る車の音に気づかず、轢かれそうになるのもこのためだ。
「嗅覚」の機能は60代以降に低下し、70代から顕著となる。嗅覚と味覚はお互いに関連しているため、嗅覚の機能低下は味覚障害を引き起こす。
「味覚」の衰えは60代からはじまる。塩分を摂りすぎてしまったり、味がわかりにくくなるので食欲が減退したりする。
「触覚(温痛覚)」は、50代から低下し、70代から顕著となる。手の感覚が弱まり物を落としやすくなる。また温度感覚も鈍くなるため、やけどをしても気づきにくい。
Aさんが正月、旦那の実家に帰ったときのことだ。食事の後片付けの最中に、姑の目の前にあった茶碗を取ってもらおうと声をかけた。「すみません、そのお茶碗取っていただけます?」しかし姑は無反応。
ところがそのすぐ後に旦那が「母さん、水ようかんあるけど食べる?」と話しかけると、「あ、食べる」と姑は即答した。Aさんのほうが姑に近く、大きな声で話したのにもかかわらずだ。
このように高齢者に話しかけても、無視されてしまうことがある。するとどうしても「自分は嫌われている」と思いがちだ。しかし本当に話が聞こえていない場合も多い。ではAさんの声は聞こえなかったのに、旦那の声は聞こえたというのはどういうわけだろうか。
これは「難聴」に原因がある。年を取って難聴になると、「ほとんど聞こえなくなる」というより「一部が聞こえにくくなる」。とくに若い女性の声などの高い音は聞きにくくい。そのため娘や嫁の話は無視されやすくなってしまうのだ。
50代までは高音も低音も同じ音量で聞こえるが、60歳をすぎると音域によって音の聞こえやすさが違ってくる。高い音は低い音の1.5倍以上の音量で話さないと聞こえない。つまり若い女性の声は、男性の1.5倍の大きさで話す必要があるということだ。この事実を知っていれば、「絶対聞こえているのに、聞こえないふりをして!」とイライラすることもなくなるだろう。
ただし声を張り上げさえすればいいのかというと、そうではない。コツは「低い声で、ゆっくり、正面から」だ。むやみに大声で話しかけても、高齢者は嫌な顔をするだけである。声は「量より質」だ。
相手と同じスピードで話すことも心がけるといい。単語を区切って話すと、さらに聞き取りやすくなるだろう。とはいえ赤ちゃんをあやすような話し方になると、今度は相手をバカにしているように聞こえるかもしれない。注意が必要だ。
大切なのは、正面から話すことである。正面から話すことで、相手はこちらの口の動きがわかるし、真剣に話を聞き取ろうとしてくれる。なおマスクは外して話すほうがいい。補聴器をつけている場合は、聞き取りがしやすいほうの耳に話しかけると伝わりやすい。
保育士のBさんが、子どもたちを近所の公園で遊ばせていたときのこと。おじいさんがベンチに座って、貧乏ゆすりをしているのが目に入った。イライラしている様子だ。すると突然「さっきからうるせえんだよ、バカ野郎!」と叫びはじめた。怖くなり、その日は子どもたちを集めてすぐに帰ることにした。
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