アートには、良し悪しを決める絶対的な基準はない。だから、「誰か」がアート史に残すべき作品を選び出し、現代アートの価値と価格を決めている。本書では、現代アートを取り巻く「誰か」、つまり、「マーケット」「ミュージアム」「クリティック」「キュレーター」「アーティスト」「オーディエンス」について考えている。要約ではそのうち、マーケットを紹介する。
超一級のアートコレクションを持っているのは、億万長者たちだ。たとえば、スーパーコレクターの1人であるピノーは、フランスで5番目の資産家で、その総資産はジャマイカのGDPを上回るという。彼は、ケリングというファッションコングロマリットの創業者だ。傘下に、グッチやボッテガ・ヴェネタといった有名ブランドを所有し、世界最大のオークションハウス、クリスティーズのオーナーでもある。
彼は、2500点を超えるとされる一大コレクションのオーナーだ。アート史に名を残すことがほぼ確実なアーティストの、第一級の作品を収集している。
では、彼のようなスーパーコレクターは、どのように作品の売買の情報を集めているのか。スーパーコレクターの周囲には、キュレーター、ギャラリスト、フランスの元文化相といった人物まで、様々なアート関係者がおり、情報を提供している。また、通常、アートフェアは作品の売買の場である。しかし実のところ、高額の作品は、フェアの開催前に内々に予約されている。業界内ルールに違反して、ギャラリーを介さずに作家から直接作品を購入するケースも多い。タックスヘイブンで取引すれば課税を免れるし、ギャラリーを通さなければ多額のコミッション(手数料)を支払わなくて済むからだ。
『オックスフォード英語辞典』によると、ギャラリストは、「アートギャラリーを所有する者、もしくは、潜在的な購買者を惹きつけるために、ギャラリーや他の場所でアーティストの作品を展示し、販売促進する者」と定義づけられている。
現代アートにおけるギャラリーには、プライマリーとセカンダリーの2種がある。プライマリーとは、アーティストの代理人として、新作を販売するギャラリーだ。セカンダリーとは、一度市場に出回った作品を入手して転売するというギャラリーである。ただし今日では、プライマリーとセカンダリーの線引きのみならず、ギャラリストとブローカー、ギャラリストとコレクターの線引きも曖昧になっている。今や誰もがディーラー、つまり販売者であると言える。
現在、アートディーラーの「帝王」と呼べるのは、ラリー・ガゴシアンだろう。彼は2003年以来、雑誌『アートレヴュー』の「POWER100」(現代アート界でもっとも影響力のある人々のランキングリスト)において、毎年ベストテンにランキングされている。ガゴシアンは、ニューヨークに5軒、ロンドンに3軒、パリに2軒と、世界中に計16のギャラリーを保有し、2014年の売上は推計約1100億円にのぼる。これは、この年の全オークションハウスにおける現代アートの売上の半額以上だ。彼が扱うアーティストは、パブロ・ピカソから有望若手までと、幅広い。もちろん、世界中のスーパーコレクターたちを顧客としている。
ガゴシアン本人は、自身のことを「売買についてのセンスと才能が、生まれながらにしてDNAのうちに備わっている」「生まれつき目が良いんだろうね」と認めている。対してロイターの寄稿家、フェリックス・サーモンは、「ラリー・ガゴシアンは(中略)高価なものならなんでも買う傾向のある成金コレクターたちを通じて、世界中の美術館その他に自分の趣味を押し付ける」と評している。
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