ペンシルベニア大学で性格的特徴について研究していたアンジェラ・ダックワースは、自ら「グリット(やり抜く力)」と名付けた能力に注目していた。彼女自身が開発したグリット・スケールによる調査が、暗記大会「スペリング・ビー」の決勝戦に勝ち残る子どもや、軍の厳しい訓練「ビースト・バラック」を最後までやり遂げる兵士を、高い精度で予測できたためだ。このことから、グリットは全米で最も注目される能力となった。
ダックワースはあらゆる分野の成功者たちを調査し、彼らに共通する3つの特徴を発見した。それは情熱、粘り強さ、長期的な目標である。彼らは内側から輝きを発し、大きな困難に負けず、現実離れした目標でもあきらめることなく追い続けているのだ。
グリットは目的を追求する際の「行動のタイプ」を表す。魂が燃えるほどの感覚を伴うという点で、単なる誠実性とはまったく異なる。
著者は、グリットに着目したコーチングを実践し、多くの最先端の研究を調査する過程で、最も重要でポジティブなグリットを「本物のグリット」と再定義した。本物のグリットは、高い目標に対する情熱的な追求の姿勢であり、周囲の人の畏敬の念を引き起こす。より良い人間へと成長し、精神的な持続的幸福を獲得し、有益なリスクを冒し、最高の人生を送りたい――。こうしたモチベーションを、他者の内面から引き出す。良いグリットは、自分のためであると同時に、人々にも良い影響を与えるものなのだ。
満足感のある質の高い人生を送るには、「困難で具体的な目標」が欠かせない。実現したい目標が何なのかわからないという人に、著者は2つの質問を投げかける。「死ぬ間際に自分の人生を振り返ったとき、あなたが後悔するとしたらどんなことか?」「後悔しないために、今、あなたにはどんな変化が必要だと思うか?」この問いから導かれる壮大な目標の達成に向けて、最後までやり抜くために必要なのが、グリットだ。
グリットは先天的なものではなく、後天的に育てられる能力である。社会心理学者キャロル・ドゥエックの研究によると、生まれながらの知能をほめられて育った子どもは、自分の強みや才能は先天的で伸ばせないと考えるようになるという。一方、努力そのものをほめられて育った子どもは、何事も粘り強くがんばれば、じきに習得できると考える。後者を「しなやかマインドセット」と呼ぶ。グリットを高めるには、この思考が重要になる。
著者の場合、過食症を克服し、より良い生き方を模索するまでの経験が、グリットを高めるきっかけとなった。その人自身の内側から湧き出てくる目標でなければ、人は輝けない。
退職後、約30年生きられる今の時代は、人生でやり残したことを実現する2度目のチャンスが得られやすい。何歳になっても、夢を追うことを決してあきらめない姿勢こそが重要となる。
我が子が恐怖を感じるであろう競争を、その子の人生から1つ残らず取り払おうとする親は、「ヘリコプター・ペアレント」と呼ばれる。こうした状況下で育った子どもは、目標を達成することの意義や、勝っても負けても結果を受け入れる必要性を学ぶ機会を失ってしまう。
周囲の大人のこうしたふるまいは、子どものモチベーションだけでなく、子どもの脳にも影響を与える。何もしていないのに報酬が得られると、「部分強化消去効果」という反応が起こり、報酬が欲しいときに努力せずただ待っているようになる。
子どもの評価基準が緩くなるにつれ、努力せずとも自分が優秀だと思う子どもが増えた。その結果、本当に秀でるために必要なものを、子ども自身が学べなくなった。困難な目標を乗り越えた経験がなく、そのスキルを身につける場も乏しい。こうした背景からも、いっそうグリットの育成が必要とされている。
グリットを高める下準備として、著者が行うコーチングのプロセスを一部紹介する。まずは、本物のグリットがすべて「夢」からスタートすることを踏まえて、クライアントに次の2つを問う。「これから私と取り組んでいく上で、考えうる最高の成果はどんなものか」「そうなったら、どうなるのか」。これらの質問から、夢そのものの内容と、その夢がその人自身にとってどれほど重要なのかを明確にする。
また、「あなたの目標達成を喜んでくれるのは誰か?」という質問は、その人の周りにサポートやアドバイスをしてくれる良い人間関係が築かれているかどうかを測定する。その人間関係を、著者は「影響ネットワーク」と呼ぶ。苦しい状況を支えてくれる存在になるとして、このネットワークを重視している。
次にコーチングの実践ステップへ進むと、「VIA(ヴィア)研究所の強み診断テスト」を受ける。この診断では24の「強み」ランキングが得られる。その中で、グリットに寄与する強みとして重視されるのは、「自制心」「目的意識」「希望」「熱意」「謙虚さ」「勇敢さ」の6つだ。これらの順位を確認して目標達成のための戦略を練る。さらには、特徴的な強みを使いすぎている、あるいは充分に活用できていないという状態でないかどうかを確認する。
高いグリットを持っている人物でも、良い側面が出るときと、悪い側面が出るときがある。
ただレジリエンスが高く、忍耐強く、情熱的なだけでは、本物のグリットがあるとはいえない。本物のグリットを持った人は、その喜びを他の人と共有することで、チームワークや友情を育む。そして、周囲の人が自身へ期待感を寄せるきっかけをつくる。間違ったグリットの場合は、喜びを誰とも共有することはない。
本物のグリットを持つ人の特徴は、主に以下の通りだ。希望にあふれ、楽観的であること。他者の承認を得るためではなく、あくまで自分の目的達成に注力する謙虚さを持つこと。失敗から学び、自分の能力を信じ続け、本物の自信を抱いていること。「受け取る人」ではなく「与える人」であること。自分にとって重要なことのみに適切に集中すること。ありのままの自分でいること。そして、前述した「しなやかマインドセット」を持ち、努力が成功の鍵だと信じていること。これらの要素は、訓練によって誰でも習得できる。
著者は本物のグリットの種類をタイプ分けしている。例えば、公平さや正義感といった普遍的な価値観をもとに、信念を貫き通した人々は、「ラシュモア山グリット」に分類される。これは、アメリカ史上最も偉大な4人の大統領の胸像にたとえたものだ。
最も多くの人が分類されるのは、外部からの見返りがなくとも自分の目標を達成する「日常のグリット」である。これに分類される人たちは、無欠勤日数の最長記録を持っていたり、他人の壊れた自転車を直すことに熱心でいたりするなど、日常のあらゆるところで発見できる。私たちは彼らから良いグリットを構成する資質を見つけ、その価値を見出し、他者と共有しなければならない。
また、本物のグリットに必要な親切心や謙虚さを発揮することなく、他の強みによって偽りの成功を手に入れようとすると、かえって自滅に追い込まれる。例えば、周囲からの称賛を得るために、困難なことを成し遂げたかのように見せかける人たちは、「虚栄グリット」の持ち主に分類される。
そのほかにも、目標達成に固執するあまり、ネガティブな結果を生む「強情グリット」や、さほど困難でない障害を乗り越えた場合にも執拗なまでに自分を賛美する「セルフィーグリット」がある。これらは悪いグリットの典型例だ。
本物のグリットを持つことは、周囲からのサポートを重視し、自分の考え方を省みる機会と、柔軟性を持つことなのである。
本物のグリットは次の8つから構成される。それは「情熱」「幸福感」「目標設定」「自制心」「リスク・テイキング」「謙虚さ」「粘り強さ」「忍耐」である。
本書には、それぞれの要素を鍛えるのに役立つエクササイズが書かれている。この中から読者がめざすものに関連のあるところからスタートしてほしい。エクササイズを通じて、理想的な結果につながる最善のワークを探っていくのが望ましい。
まず、グリットが高い人は必ず情熱を持っている。情熱を注げる目標があれば、自分の潜在的なリソースを集結させ、プロジェクトを最後までやり遂げやすくなる。
ただし、情熱は興味とは性質が異なる。あらゆることに手を出すと、エネルギーが消耗され、1つのことに充分費やせるだけのエネルギーを残せなくなってしまう。本当にときめきを感じられるものに力を注ぐようにしたい。
幸福感もグリットの重要な構成要素の1つだ。なぜなら、ポジティブ心理学によると、人は何かに成功して幸せになるのではなく、「幸せだからこそ成功する」ためだ。幸せな人は、「ポジティブ感情」「エンゲージメント」「ポジティブな人間関係」「意味や意義」「達成・成功」という5つの行動特性を持っている。それらは英語の頭文字をとって「PERMA(パーマ)」と呼ばれる。
これらを最大限まで高めるには、自分の強みを生かした目標設定を行う、自分が感謝したことと、それがなぜ自分の身に起こったのかを書き出すといった方法を試すとよい。
本物のグリットを持つ人は高い目標を掲げる。目標は私たちの注意力を重要な事柄に向け、高い目標ほど大きなエネルギーを引き出す。目標を他者に打ち明け、周囲から励ましやサポートを受けることも、プラスの効果をもたらしてくれる。
具体的には、生きているうちにやっておきたいことの「目標リスト」をつくる、目標について思い出させるメールが自分のもとに定期的に届くようにする、といった方法がおすすめだ。
そのほか、「自制心」「リスク・テイキング」「謙虚さ」「粘り強さ」「忍耐」という、本物のグリットの構成要素を高めるためのエクササイズについては、本書を参照いただきたい。
グリットを磨くことで、後悔と悲嘆にくれることのない人生を歩める。一人一人がベストを尽くすところから変化は始まる。理想につながる道を走りだすのに、遅すぎることはない。
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