さまざまな待機児童の対策が近年、矢継ぎ早におこなわれている。だが待機児童問題の解決にはまだ時間がかかるというのが著者の見立てだ。
2017年4月1日時点で、全国には2万人を超える待機児童がいる。その大半は0歳児から2歳児で、東京圏の1都3県に集中している状況だ。とくに東京で多く、全国の待機児童数の約3分の1を占める。しかも待機児童数はここ10年間、ほとんど改善されていない。
とはいえ政府や自治体が何もしていないわけではない。2010年以降は待機児童数を上回る保育の受け皿が作られつづけているし、2015年からは認定こども園なども受け皿の定義に加わった。これらをひっくるめると、じつに待機児童数の3倍を超えるペースで受け皿ができている計算となる。
それでも待機児童数が減少していないのはなぜか。それは数字にあらわれていない潜在的待機児童が数多くいるからだ。厚生労働省の調査によると、2016年4月11日時点の待機児童数は2万3553人だったが、統計上の定義から外れている「隠れ待機児童数」は6万7354人に上るという。それに加え、そもそも行政に存在がまったく把握されていない「見えない待機児童」もいる。この「隠れ待機児童」と「見えない待機児童」を合わせて、「潜在的待機児童」と呼ぶ。
待機児童や潜在的待機児童が大量に発生する原因として、(1)保育士不足(およびその原因としての保育士の低賃金)、(2)女性の社会進出、(3)都市部への人口集中がよく指摘される。しかし待機児童問題の根本的な原因は「保育制度」にある。現状の保育制度は、健全な市場メカニズムが機能しない仕組みになっているのだ。
市場メカニズムが機能しない第1の原因は、行政による価格規制である。政府(国)や自治体が保育料を決め、それを徴収するのも自治体だ。需要が増えればサービスの価格は上昇し、その利益を原資に供給の拡大をはかる。供給が増えれば価格が下がり、廃業しない程度に普通の儲けが出る水準に落ち着く。これが資本主義の基本的な仕組みだが、現状の保育制度では保育料を引き上げられない。
第2の原因は、行政による参入規制だ。保育園不足の地域であっても、経営者の判断で自由に保育園をつくることが許されていない。
第3の原因は、民間会社(株式会社、有限会社、NPO法人)が認可保育所に参加する際の障壁だ。市場経済の担い手が、認可保育の世界で活躍できないようになっている。
行政が価格と供給量を決定して需給調整する現状の仕組みは、「社会主義」と呼んでさしつかえない。待機児童という形の長い「行列」に並ばなければならないのも、社会主義と考えれば当然といえよう。
この社会主義的な保育制度は、多くの問題を抱えている。
まず保育料を市場価格よりずっと安くしすぎてしまうことだ。認可保育は世帯の所得水準によって保育料が変わる制度になっているが、政治家や各自治体が人々の歓心を得ようと国の基準からさらにディスカウントするため、平均的な月額保育料は2万円強である。無認可保育園である東京都認証保育所の平均保育料が月額6.5万円ということを考えると、これは破格の安さだ。
もちろん平均2万円強の月額保育料だけで、認可保育所が運営できるはずもない。必然的に国や都道府県、自治体からの多額の公費(税金)に頼らざるをえなくなる。税金の投入額は政治と行政が決めるので、公費獲得のための政治活動が活発化し、さらに高コスト構造が許容されていく。たとえば東京都の各自治体の場合、0歳児を認可保育所で預かると、平均して1人あたり月額40万円かかる。しかも公立認可保育所の保育士たちは高給取りの公務員という事情などもあり、だいたい0歳児1人につき月額50万円程度の運営費がかかる計算だ。認可保育所がなかなかできないのは、この認可保育所の高コスト構造と公費依存体質に原因があるといえる。
さらに問題なのは、この認可保育所に対する多額の税金投入が、子育て世帯の間に大きな不公平を生んでいることだ。
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