「天才アインシュタインの脳には、グリアがきわだって多かった」。これはアインシュタインの脳細胞を仔細に調査した研究者が出した結論である。ニューロンと呼ばれる神経細胞の数は、アインシュタインの脳と一般人の脳で変わりなかった。唯一違ったのが「神経細胞の接着剤」であるグリアの数だ。一般人の脳ではニューロン細胞2個に対してグリア細胞が1個なのに対し、アインシュタインの脳ではニューロン細胞1個に対してグリア細胞が1個あった。つまり平均の2倍あったのである。とりわけ抽象的概念や複雑な思考をおこなう脳の領域で、アインシュタインと一般人の脳との違いはきわだっていた。
約1世紀ものあいだ、グリアは電気回路の配線における絶縁体のようにしか考えられていなかった。だが前述したような事実は、グリアが精神活動に関与していることを示唆している。
全身の神経は、軸索と呼ばれるワイヤーの束が脳や脊髄などにつながり、電気的インパルスの形で情報を送ることで機能している。
軸索の先にあるニューロンで、情報をやりとりしているのが神経伝達物質だ。シナプス前膜と呼ばれる部分から放出され、シナプス間隙という隙間の先にあるシナプス後膜がそれをキャッチする。
脳と電気回路の決定的な違いのひとつはシナプス間隙の存在だ。ここを通じて神経伝達物質がやりとりされることで、刺激に対する反応の強さが調節できる。つまり学習が可能となるのだ。
このような神経組織の機能に重要な役割を果たしているのがグリアである。たとえばアストロサイトというグリアは、放出された神経伝達物質のうち、シナプス間隙から漏れ出たものを清掃し、情報をやりとりできるように整えている。またニューロンのエネルギー源となる乳酸の供給もおこなう。
オリゴンデンドロサイトというグリアは、脳や脊髄でタコのように足をのばして軸索にからみつき、ミエリン鞘と呼ばれる絶縁体を形成する。これがうまく形成されないと、軸索の途中から電気的インパルスが漏れ出て、麻痺や失明などの重大な身体的障害を引き起こす。
脳や脊髄を感染や傷害から守っているのがミクログリアと呼ばれるグリアだ。複雑にからみ合った神経系の間をアメーバのように動き、有害な侵入者を攻撃して呑みこんでしまう。
神経系は電気的インパルスの形で情報をやりとりする一方、すべての細胞は外界に関する情報をその表面でキャッチし、カルシウムイオンによってその内部に伝えている。
これを可視化できるようにしたのがカルシウムイメージング技術だ。グリアはこれまでずっと、ただのニューロンや軸索の保護材のようなものだと考えられていた。だがこの技術の登場により、アストロサイトというグリアが神経伝達物質を感知すると、隣にあるアストロサイトにもそれを伝えていることが明らかになった。つまりグリアどうしで交信しているのだ。どうやら神経伝達物質を感知したアストロサイトは、他のアストロサイトとともにカルシウムイオンを放出することで、ニューロンどうしの情報のやりとりを、その目的に最適化するべく調整するようである。
スポーツや交通事故による脊髄損傷は、全身におよぶ麻痺を引き起こすこともあり、人生を一変させてしまう。腕の骨折のように、抹消神経の切断であれば回復するが、脳や脊髄のような中枢神経系が切断されてしまうと、軸索は回復しないのだ。
だがオリゴンデンドロサイトというグリアが、切断された軸索の再生を阻害していることがわかった。
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