あなたはアート作品を鑑賞するとき、1作品あたりどのくらいの時間をかけているだろうか。ある美術館の調査によると、来館者が1作品を鑑賞するのに費やす時間は平均10秒前後だったという。著者の行っている研修で同じ質問をすると「1分くらい」という答えが返ってくることが多い。多くの来館者は、作品を見たつもりでも実は十分に見ていないし、その内容もほとんど覚えていないだろう。
いま世界のエリートが実践している美術鑑賞法に、ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ(以下、VTS)というものがある。ニューヨーク近代美術館で教育部部長を務めていた人物が中心となって開発した美術鑑賞法だ。この鑑賞法では、1作品あたりおよそ10分以上、純粋に作品を見ることだけに費やす。その際、「誰によって制作されたのか?」「いつ制作されたのか?」「何のために制作されたのか?」といった作品の背景を問うことはない。作品そのものへの理解だけではなく、作品を見て感じることや考えることを重視している。
VTSで採用されている鑑賞法、「対話型鑑賞」は、グループをつくって1つのアート作品を鑑賞し、各人の発見や感想、疑問などを話し合うメソッドである。著者らが実施するプログラム「ACOP(エイコップ:Art Communication Project)」は、ニューヨーク近代美術館のメソッドを源流にしている。ACOPでは、「みる・考える・話す・聴く」という4つの能力を駆使して鑑賞を深める。そのメリットは、参加者一人ひとりの見方や視点を共有することで鑑賞者間の相乗効果が起き、より多面的に作品を鑑賞できることにある。
著者らはこのプログラムを用いて学校教育、美術・博物館の教育普及、企業内人材育成など、様々な領域における研修やワークショップを行っている。
著者らが行っている研修では「アート作品」という言葉と「アート」という言葉を使い分けている。アート作品とはアーティストが制作した作品のことで、基本的にモノである。それに対してアートとは、アート作品と鑑賞者の間に起こるコミュニケーションを指す言葉で、モノではなくコトである。
アート作品を見たときに何を感じ、何を考え、どんな疑問を抱くかは、人それぞれ異なる。好みも人それぞれだ。「この作品の意味することは何だろう?」と考える人もいれば、「なんだかよくわからない」と思う人もいるし、作品からインスピレーションを受ける人もいる。アートには、「こう感じなければならない」「こう考えなければならない」という「正解」はない。
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