1860年代、ドイツの物理学者フェヒナーは「人がなにを好むか」ということに、新たな方法でアプローチした。単に人々になにが好きかを尋ねたのだ。さまざまな年齢・生活環境の人々を集め、長方形をいくつか見せて、どれが一番美しいかと感じるかを尋ねたところ、短い辺と長い辺が「黄金比(1対1.6)」の長方形がもっとも好まれるという結果が得られた。ただし別の科学者が同じ実験をしても、フェヒナーと同様の結論には至らなかった。
フェヒナーの実験は不発に終わったが、人々にいろいろと尋ねるという手法は、その後多くの実験に役立った。1960年代に心理学者ザイアンスは、意味のない言葉、でたらめな形、漢字に似た文字などを実験参加者たちに見せて、どれが好きかを尋ねるという実験をおこなった。これについては、何度実験を重ねても同じ結果が得られた。選ばれた長方形が完璧な形でなくても、あるいは完璧な漢字でなくても、実験中に一番多く見せられた形を人々は選んだのである。彼らの好みは「なじみ感」から生じたものだったのだ。
音楽などのカルチャー市場において、「作品の質がヒットの度合いと比例する」と言い切れたらさぞいいことだろう。とはいえ実際にそれを論証するのは簡単ではない。パラレルワールドで同じ曲を何千人かに聞かせて、マーケティングの力なしに同じ評価が得られるかを調査できたらいいのだが、これがなかなか難しいのだ。
だがじつを言うと、パラレルワールドのようなものは存在している。「ヒット・プレディクター」などのソングテスト会社がそれだ。彼らは一般大衆が人気を決める前に、新曲を何千もの人たちに聴いてもらい、魅力度を評価してもらっている。このテストで平均65点以上あれば、ヒットの可能性があるという。
ここで注目すべきは、2015年秋の「ホット100」でトップ5に入った曲(ジャスティン・ビーバーの「What Do You Mean?」、同じくビーバーの「Sorry」など)は、一部を除いて平均75点と、ボーダーラインの65点からそこまで離れていなかったことだ。曲自体の「質の高さ」「魅力」はたしかにあるが、実際には70点台の曲が80、90点台の曲よりもヒットしているケースは多い。メロディの魅力だけで大ヒットが生まれるわけではないのである。
ヒットする曲とそうでない曲の差を生み出すのは「露出」の多寡だ。魅力度が同程度のポップソングが2曲あったとき、1つは大ヒットしたが、もう1つはほとんど注目を集めなかったというのはよくある話である。ヒット曲となるチャンスに対して、「充分に優れた」歌があまりに多すぎるからだ。ゆえに一定レベルを超えた曲であれば、本質的な魅力よりも、その曲を何回耳にするかの方が人気に直結するといえる。
単純で繰り返しの多い音楽を聴くときや、自分が賛成している政論が淀みなく語られているのを聞くときは、脳への負担が少ないので楽に感じられる。逆に拍子記号のない前衛的な電子音楽を聴くときや、間違っていると思える主張を聞くときは、脳への負担が大きいため難しく感じられる。
やさしく感じる思考のことを心理学では「流暢性」という。
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