足元の海岸に、打ち寄せては引いていく波。目を上げれば、美しく静かに曲線を描く水平線。水が流動的に流れることは、もちろん承知のことだと思うが、海洋でもまた、地球表面を横断する大規模な流れ、「海洋大循環」(グレート・オーシャン・コンベヤー)が生じていることをご存じだろうか。
著者がこのことに気付いたのは、グリーンランドの氷床に見られた突発的な寒冷化の理由を探していたときだったという。一見、突発的に見えたこの寒冷化だが、これは海洋大循環の要でもある、大西洋を南北の方向に流れる海洋循環の流れが乱れたことが関係しているという。
お風呂にお湯をためるとき、上層のお湯を触ってちょうどいい湯加減だと思っても、浸かってみると底の水は冷たかったという経験はないだろうか。水は温度によって密度が変わり、温かい水は上層へ、冷たい水は底の方に沈む性質をもっている。海洋大循環とは、その水の温度の違いが生む密度の変化によって、大西洋を北上する比較的温暖な上層水が(グリーンランド付近の)最北端に到達すると、やがて寒冷な冬の風にさらされ、冷却作用を受け、上層水が深層へと潜り、南下を始めるという一連の海の循環のことを指す。
しかし、この循環の流れが突然閉ざされてしまったとき、グリーンランドで見られたような急な寒冷化現象を招くのではないかと著者は考えたのだ。この仮説は、著者を取り巻く多くの研究による苦労と悩みを超え、やがて大発見へとつながっていく。本書では、この決して一筋縄ではいかない研究の道のりが描かれている。
地球の気候変動の歴史を調べようにも、そもそも、過去の気候を現在の我々が知り得ること自体、奇跡に近いことである。温度計や雨量計など、測って記録することでデータとして残るものは18世紀までは存在しなかった。つまり現在残っている何らかの痕跡を分析することで、過去の気候状態を解釈するしか方法はない。
言うまでもなく、その解釈は決して完璧ではなく、時には筋違いの結果や解釈を生み出してしまうことがある。著者自身、『科学において確定的に知られていることなんてほんの一握りで、(中略)多少の間違いや誤認、また論争があっても、特段不思議なことではない』と述べている。
研究の世界にあまり馴染みのない方には、科学に誤認などあってはならないと思うかもしれない。しかし、著者はさらにこう続けている。『時にはこれらのいわゆる「間違った事実」も、重要な発見へと導いてくれることだってある。こうして世の中の構造をより明らかにすべくもがき続ける、その過程こそ本物の「科学」の姿なのだ』と。
本書では、著者が二十年余りをかけて解き明かしてきた古気候学の記録が残すメッセージや、今我々が生きている地球の気候システムが大規模なモードシフトにどれだけ耐え得るかといった研究内容と、科学的解釈が一冊にまとめられている。
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