本書は、居酒屋にふらりと立ち寄り、そこでの体験を味わい尽くせるよう、著者が日本中の居酒屋をめぐってきた経験を紹介した一冊だ。
いつもの駅の一つ手前で降りてみる。珍しく銀座にいるのだから、銀座の居酒屋へ行ってみる。あるいは出張先でその土地の居酒屋へ。こうして居酒屋好きが高じると、次は「居酒屋を求めて旅に出る」という大目標ができる。
注目したいのは、日本の中心都市である東京と大阪の、いわゆる名店と呼ばれる居酒屋の系譜である。
まずは東京だ。東京の居酒屋の第一世代は、その業態ができた明治初期から、戦後間もない頃あたりまでに創業した店であり、「老舗の伝統」を特徴とする。わかりやすいのは、定評のある酒を燗で飲むこと、お燗の世話をする「お燗番」がいること、席がカウンターになっていることだ。創業明治の「大はし」「みますや」などがその代表例である。
つづいて第二世代は、平成元年頃の地酒ブームを反映して開店し、「酒も料理も楽しめる良さ」を特徴とする店のことだ。全国の優良地酒と幅広い料理を揃え、酒と料理を等分に楽しむスタイルを確立させた。女性が居酒屋に入るようになったのも第二世代が登場した頃である。彼女たちはカウンターではなく、レストラン感覚で楽しめる椅子のテーブル席を好んだ。「笹吟」「まるしげ夢葉家」などの銘酒居酒屋がこれに該当する。
この第二世代の店で修業をした若手が開いた店が、第三世代といえる。その特徴は「自分に合った個性」に尽きる。酒好きを唸らす気鋭の銘柄や一品料理、器や内装など、店主の美学が店のファンを育てていく。場所も新宿や新橋などの盛り場よりは、私鉄沿線の郊外にあることが多い。第二世代の「まるしげ夢葉家」から出た「釉月(ゆうげつ)」「たく庵」などがこれに該当する。
このように、居酒屋は多様化し、使い勝手がよくなっている。
大阪の居酒屋の成り立ちは、東京とは異なる。なぜなら、大阪の食文化の中心は板前割烹にあって、うまいものはそこで味わうものだったからだ。居酒屋は安くてナンボ、酒もなんでもいい。たこ焼きや串カツのファーストフード同然の扱いであった。
そんな大阪で名居酒屋が発展していったのは、酒販店「山中酒の店」の主導によるところが大きい。山中酒の店は、灘の酒一辺倒だった大阪の居酒屋にこつこつと全国の優良地酒を紹介してまわり、次第に扱い店を増やしていった。また居酒屋「佳酒真楽(かしゅしんらく)やまなか」を開き、酒と料理の相性を追求し、若手を育成していった。さらには、別に開いた居酒屋「まゆのあな」を若手に任せて、経営を勉強させた。そこで店長を経験した面々が次々に独立。「味酒(うまざけ)かむなび」「燗の美穂」「日本酒餐昧(ざんまい)うつつよ」を開店した。
大阪といえば、味にうるさいお土地柄。しかし、上質でリーズナブルな居酒屋とあれば、客はどんどん入ったのである。
次に紹介したいのは、日本全国「居酒屋を巡る旅」だ。地方の町に足を伸ばし、古い居酒屋で一杯傾ける。すると、その地元の味を楽しめるだけでなく、その地方なまりの会話も聞こえてくる。これらはその町の、最も裸の庶民の姿に他ならない。
これを存分に楽しむには、何の気兼ねもない一人旅がおすすめだ。しかしもし淋しい向きがあるなら、三人旅がよいだろう。二人だといくら仲良しでも、最後は疲れてしまうからだ。
3,400冊以上の要約が楽しめる