資本家の定義とは何か。まずは、孫正義さんをイメージしてみてほしい。孫さんが「労働」で得ている賃金は、時給にすると約6万5000円。有名コンサルティング会社の給与よりも安い計算になる。しかし、孫さんには時給の枠ではとらえられない莫大な報酬がある。それは、自分が持っている会社からの配当収入だ。
ソフトバンク株の時価総額はおよそ10兆円。孫さんはその約20%、すなわち約2兆円を所有しており、そこから得られる配当収入は、年間およそ100億円である。会社での役員報酬が「労働対価」であるのに対して、「株主対価」にあたる配当収入には「労働時間」が存在しない。資本家がめざすのは、この労働時間のない収入だ。
その気になればサラリーマンでも、会社の株を持ってその経営を自分のコントロール下に置くことは可能だ。ただし、単に株式投資をして配当やキャピタルゲインを得るだけでは、「投資家」と変わらない。自分の手腕によって会社の事業を成長させ、そこから利益を得るのが「資本家」なのである。
経営者の高齢化が進むなか、多くの中小企業は後継者が見つからないという課題を抱えている。そのため、「信頼できる人が引き継いでくれるなら安くても売りたい」と考えるオーナー経営者は少なくない。小さな会社の値段は意外に安く、サラリーマンでも購入可能だ。
そもそも資本家の仕事とは、「お金を生む仕組み」をつくることだ。サラリーマンは時間を切り売りする以上、稼ぎが爆発的に増えることはない。これに対し資本家は、同じ時間でお金を何倍にも増やす。つまり「足し算」ではなく「かけ算」で稼ぐのだ。
もちろん著者は、「お金持ちになろう」と呼びかけたいのではない。著者の定義する資本家にとっては、お金は幸福を手に入れるためのツールにすぎない。「他人の時間」という「人的資本」を活用しながら、自分の人的資本を最大効率化させる。これこそが資本家がつくるべき仕組みなのだ。
これからの時代のビジネスパーソンは、少なくとも資本家としてのマインドセットを持たなければ生き残れない。
著者によると、サラリーマンの出世競争は、経済学用語でいうところの「合成の誤謬」という。合成の誤謬とは、ミクロレベルで全員が「これが正しい」と思って行動した結果、マクロレベルで予想外の悪いことが起きる状態を指す。
出世競争を勝ち抜こうとすることは、ミクロ視点では正しい。しかし、みんなが同じことを考えて競争に参加すれば、結果的に大差はつかない。しかも、社長の座にたどり着いたところで、給料が何ケタも増えるわけでもない。よって、大差をつけたいのなら、出世競争から離脱して、別の戦い方をする必要がある。
アルバイトの時給は、800円〜1000円が相場だ。また、有名コンサルティングファームのコンサルタントの時給は、8万円といわれる。時給には100倍ほどの開きがある。しかし、著者は、時給換算で収入を考えている限り、それは「ドングリの背比べ」だと考えている。
資本家は、資本家という生き方を選んで、必要なマインドセットを身につければ、誰でもなれる。莫大な資産も飛び抜けた才能も必要ない。成功すれば、時給換算など気にならないほどの稼ぎ方ができる。重要なのは、株式配当やストックオプションなどの「金のタマゴ」を持っているかどうかだ。
資本家として「ニワトリ=株」を育てて、毎年「金のタマゴ」を産んでもらえれば、もはや「足し算」の世界ではなくなる。
これまで「ふつう」とされてきたサラリーマンという生き方は、本当に「ふつう」なのか。物質的に貧しかった戦後の日本は、「少品種大量生産」で経済を支えていた。モノをつくればつくるだけ売れた。こうした時代には、会社に忠誠心を持って、決まった給料で定年まで働いてくれる人材が求められた。
会社にとって都合の良い社員を生み出すために用意されたのが、日本企業特有の「社風」だ。よその社風を知らない新卒を一括採用して、教育に手間をかけてでも、自社の社風に染め上げる。その目的は、会社の「兵隊」になってくれる人間を増やすことだ。
一方欧米では、新卒は転職前提で中堅企業やベンチャーにいったん就職して、自分の価値を高めていく。その後、即戦力として人気企業に中途採用されるという雇用形態が一般的だ。現在の「多品種少量生産」の時代には、日本もそのやり方に転じなければ、もはや生き残れないだろう。
世界では、プロジェクトごとに集められたプロフェッショナル集団で仕事をするケースが増えている。大企業や資本家が資金とインフラを用意する。そして、そのプロジェクトを実現できる外部の人たちに声をかけて、特命チームを結成するのだ。
働き方の変化は至るところで起きている。たとえば、テスラのようなEV(電気自動車)ベンチャーでは、世界各国のチームメンバーが、インターネットのクラウド上にあるシステムで共同作業をしている。また飲食業では、決まった場所に店舗を持たず、ホテルや空き店舗を使って期間限定で営業する「ポップアップ・レストラン」という形態が流行している。
このような「ポップアップ型」の働き方は、様々な業界で普通になっていく。そうすると、サラリーマンというビジネスモデル自体がやがて破綻するだろう。若い世代が今後も「正社員」の座に安住できると思うのは、危機感が欠落しているといわざるを得ない。まずは、会社の外に出たときに自分に何ができるのか、どんな価値を生み出せるのかを考えることが重要となる。
日本の中小・零細企業は、深刻な後継者不足に陥っている。すでに年間3万社ほどが廃業しているが、その半分は黒字企業である。このままだと今後10年で、日本の3分の1の会社がなくなりそうだ。これは、高い価値を持つ中小企業が安く買えるマーケットがあるということに他ならない。このような中小企業を廃業前に買えるのは、これから10年程度が限度だろう。プレイヤーが少ない今がチャンスだ。
日本企業では、会社のオーナー兼経営者が従業員や取引先と顔を合わせて仕事をしていることが多い。自社を売却しようとしていることを知られたくないと考えている。そのため、オーナーと一対一で条件を話し合うほうが、買い手にとって有利な条件で話がまとまる可能性が高い。「この人なら任せても大丈夫」とオーナーが思えば、値段にはあまりこだわらなくなるためだ。
では安く買える中小企業をどうやって探すのか。最近では「トランビ」や「バトンズ」といったインターネットサービスで見つけられる。しかし、表に出回っている場合は、買い手の間で競争が発生するため、会社の価格が高くなりがちだ。安く買うためには、可能な限り対面で交渉するほうが有利である。世に出回っていない情報を得るには、営業活動を粘り強くやるしかない。
まずは、中小企業のM&Aをやりたいという考えを示し、周囲から情報を集めるとよい。友人や知人、仕事で知り合った税理士や会計士、不動産業者などに、日頃からアピールしておくといいだろう。社長には社長の友人ができやすいため、知り合いに社長業をやっている人がいれば、有力な情報源になる。営業は資本家として生きるために乗り越えるべきハードルの1つだろう。
会社を買ったらバリューアップを図る必要がある。だが、中小企業のバリューアップにおいて、画期的なイノベーションを起こす必要はない。大企業のサラリーマンから見たら当たり前のような改革を行うことで、驚くほどの成果が上がることも少なくない。
大企業では常識的な手段でも、中小企業では浸透していないこともある。その意味で、東京と地方の間では「タイムマシン経営」が成り立つ。つまり、いまの東京のビジネスモデルを地方に持っていけばいいのだ。
ここからは、資本家の仕事において重要な3つの原則について紹介しよう。
最初の原則は「お金と人に動いてもらう」ことだ。資本家にとって重要なのは、誰がやっても同じ結果を出せるシステムづくりだ。業務を細分化して整理し、仕事をマニュアル化する。そうすれば、現場に指示を出す必要がなくなる。
お金と人に動いてもらうためには、人に任せられるメンタリティが重要となる。トラブルが起きても現場に任せる丸投げ力が問われるのだ。そして、任せた相手に100点満点を期待しないこと。60点で良しと考えることで、何社にもコミットできる。
もう1つ重要なのが、組織内でのオープンな情報共有だ。たとえば、トラブルの善後策を検討するときは、オープンな場で話し合いを進めて、議論の経過も含めて共有するほうがよい。後で「聞いていない」という人が出てきたら、二度手間になるためだ。
資本家マインドセットが重視するのは、スタッフに仕事を任せることで「自分の時間」に余白をつくり、次なる一手を生み出すことなのだ。
2つ目の原則は「バランスシートで儲ける」ことだ。多くの中小企業の経営者が気にしているのは、1年間の売上高から費用を引いた数字がわかる、損益計算書だ。しかし、その時点における会社の資産、負債、純資産の状況を示した貸借対照表に目をつけると、儲け方が変わってくる。
資本家には、会社に利益を出させるだけでなく、所有する会社を使って利益を出すという視点が求められる。手がけている事業の波及効果まで見通して、会社の資産価値を高めてこそ、売却のキャピタルゲインを得られる。
3つ目の原則は「ポートフォリオを組む」ことだ。投資家は資産を分散投資することで、リスクヘッジをする。同様に、資本家にもポートフォリオによるリスク分散が求められる。どんなに成功していても、1つの事業に依存した状況は危ういためだ。
これら3つの原則を踏まえたうえで、本書の「資本家マインドセット10カ条」を実践することにより、仕事のパフォーマンスが上がり、新しい世界が見えてくることだろう。
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