夫婦が協力し合い、仕事と家庭の両立を実現しようとするなかで、さまざまな困難に直面することがある。そのうちに、夫婦が互いに悩みを打ち明けられないまま、心を閉ざしてしまうケースも少なくない。
取材開始当時、剛さんとまゆみさんは仲睦まじい新婚夫婦で、剛さんは24歳、まゆみさんはその4歳年上だった。剛さんは、ワーク・ライフ・バランスへの会社の理解が不十分であることに不満を抱き、自主的に情報収集をするほか、上司や先輩に異議を申し立ててもいた。まゆみさんは、妊娠したら育休を取りたいと考えていたが、復帰後は以前と同じような仕事には戻れないのではないかと懸念していた。まゆみさんの会社には、育児休業(以下、育休)制度はあるが、子育てをしながら働いている女性はほとんどいなかったからだ。
まゆみさんはその後、31歳で出産。育休を取得後、職場に復帰した。復帰後しばらく経ったころ、著者は育児と仕事の両立についてのインタビューを行った。
著者が育休前と職場復帰後の仕事の違いを質問すると、まゆみさんは頬を引きつらせてしばらく黙った後、「わたしは、何かの、役に、立っているん、でしょうか……」と、消え入るような声で話し始めた。
復帰してみると、担当していた仕事は後輩に引き継がれていた。ただ職場にいるだけで、誰にも認めてもらえていないように感じているという。
話題を変えようと、著者が剛さんの話題を振っても、反応は芳しくない。「夫婦の関係に何か変化が生じているのではないか」――そんな疑念が芽生えた。
剛さんへの取材が実現したのは、翌年のことだった。夫婦関係について尋ねると、剛さんはこう答えた。「恥ずかしいんですが……妻のことが、よくわからないんです。妻が何を考えていて、どうしたいのか、僕にはどうしてもらいたいのか……」
剛さんもまた、仕事と家庭の両立に悩んでいた。仕事が忙しくなったことで、もはやワーク・ライフ・バランスの実現は夢物語になっていた。子育てに関しては、週に1、2回、出勤前に子どもを保育園に連れて行く程度だという。
まゆみさんへの取材はなかなか実現せず、数年にわたって剛さんからのみ話を聞いた。剛さんによると、まゆみさんは依然として子育てと仕事の両立に悩んでおり、夫婦の会話も十分にできていないということだった。
剛さんは、「妻に歩み寄らないといけないと思って」積極的にコミュニケーションを取るようにしており、ほぼ等分に育児を分担してもいるという。そのおかげでまゆみさんも少しは気楽に仕事ができているのではないか――それが彼の見立てだった。
それから2年近く経ったころ、夫婦そろっての取材が実現した。まゆみさんは、「時間はかかりましたが、少しずつ夫婦互いに悩みやつらいことを話し合えるようになって、やっと関係改善に向けて前進し始めたので……」と口火を切った。キャリアに悩んでいたものの、剛さんには相談することができなかった。それは、両立を応援してくれている彼をがっかりさせたくないという思いがあったからだという。
続けて、剛さんも悩みを打ち明けた。
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