大分断

格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像
未読
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格差と停滞を生んだ「現状満足階級」の実像
未読
大分断
出版社
出版日
2019年07月04日
評点
総合
3.7
明瞭性
3.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

現代のアメリカ社会がこれほどまでに分断されているのかという深刻な実態を実感させられる本である。分断のありようは人種、経済力、政治的思想などさまざまな切り口があるが、特に、日本のような外国から見ると、豊かで活力にあふれたアメリカの原初のイメージが根本から覆される内容である。

かつて、アメリカの人々の間には、いっとき不本意な社会的立場に身を置いていても、いつかは成功してお金を稼ぎ、経済的に余裕を持てる日が来るという「アメリカンドリーム」があった。が、いつの間にか社会の階層は固定され、夢を持ちにくい社会になってしまっているようだ。

大人になってアメリカに住んだことのある方なら以前から薄々気づいていたことかもしれないが、グローバル企業や大学、研究機関などが集まるような都市では家賃相場が高騰し、経済力のある同質の人ばかりが集まる傾向が強まっている。住んでいる場所でその人の社会的地位や教育水準が容易に推定できるようになり、住民の階層化が止まらず、各層の交わりが希薄になっていくというのは確かに実感できる雰囲気だ。本書はそれを、現状維持の傾向を持つ人々――「現状満足階級」――を手がかりとして明快に分析し、多くの人たちに理解できるよう分かりやすく解説している。才覚と努力で自らの成功をつかみ取っていく精神がアメリカ社会から無くなっていくとしたら、それはアメリカという国の存亡にも関わり、大いに嘆かわしいことである。

ライター画像
毬谷実宏

著者

タイラー・コーエン
米国ジョージ・メイソン大学経済学教授・同大学マルカタスセンター所長。1962年生まれ。ハーバード大学にて経済学博士号取得。「世界に最も影響を与える経済学者の1人」(英エコノミスト誌)。人気経済学ブログ「Marginal Revolution」(www.marginalrevolution.com)、オンライン教育プロジェクト「MRUniversity」(www.mruniversity.com)を運営するなど、最も発信力のある経済学者として知られる。著書に全米ベストセラー『大停滞』『大格差』(以上、NTT出版)、『フレーミング』(日経BP社)など。ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストほか各紙にも寄稿。

本書の要点

  • 要点
    1
    アメリカ人には現状維持の傾向が強まり、多くの社会階層で「現状満足階級」が生まれている。
  • 要点
    2
    アメリカ人は移住しなくなり、転職も減っており、その結果、格差が固定されている。
  • 要点
    3
    社会的分断には所得による分断、教育と文化による分断、人種による分断、政治的思想による分断といった諸相が見られる。
  • 要点
    4
    アメリカではイノベーションが減速し、起業などの経済活動も減速している。
  • 要点
    5
    現状満足階級の増加による安定は長く続かない。社会の流動性が過度に弱まれば、将来は既存の秩序への逆風も強まる。

要約

【必読ポイント】「現状満足階級」の誕生

焦燥感の欠如が、現状満足階級を生んだ
ipopba/gettyimages

最近の10年は大激変の時代だと言われるが、その変化と並行して、あるいは部分的にはその変化への反応として、アメリカ人にはこれまでになく現状維持の精神が広がっている。それは、ライバル企業との競争や、職住の変更、新しいモノの創造を避けるなどのかたちで表れている。こうした傾向にある人々は「現状満足階級」と呼ぶことができよう。彼らは、現状を揺さぶるものを拒絶し、そうした姿勢を歓迎し、周囲に押しつける人たちが増えている。

現状満足階級は所得、教育、社会的機会が異なる3つの層から構成される。第1は「特権階級」だ。教育レベルが高く、社会的な影響力も強い高所得層である。海外で休暇を過ごし、優秀な子どもを持つ金融エリートや弁護士のような人たちだ。

第2は「自己防衛階級」だ。所得・教育レベルの面で中流の人である。資産のかなりの割合をマイホームが占め、不透明な未来に備えて蓄えを増やそうとする自己防衛的な行動を取る人である。

第3は「袋小路階級」である。不十分な教育しか受けず、自分と同じような属性や階層の人ばかりが住む環境で生活する人々である。

現状満足階級に共通する傾向は、身を置く環境がまるで違っていても、変化がゆっくり進むことをある程度まで受け入れ、前提にしている点だ。良くも悪くも、私たちの生活の平和と豊かさは、人々から焦燥感を奪った。それが現状満足階級を出現させた要因だ。

移住に消極的になったアメリカ人

国内移住減少の背景
MicroStockHub/gettyimages

アメリカ人は従来、国内移住に積極的だった。そして、一般に高度な教育を受けた人ほど、移住に積極的になる。過去のデータによれば、大卒者の遠距離移住率は、高卒者の約2倍に達していた。教育レベルの高い人は、給料の高い職を見つけやすく、遠くに移住しても割が合うケースがあるからだ。しかし、いまのアメリカ人はかつてなく教育レベルが高まっているにも関わらず、移住率が落ち込んでいる。特にアフリカ系アメリカ人は、同じ土地に住み続ける傾向が強くなっている。

その要因のひとつは転職の減少である。職を変わる人の割合を示す雇用再分配率は1990年に比べて4分の3以下に落ち込んでいる。職が変わる機会が減ると、移住も少なくなる。また、労働市場の流動性が乏しく、新しい企業への参入率が低い現状では、以前よりも転職が難しくなっている。耐えられる程度であれば人々は現在の職にとどまるようになった。

もう一つの大きな理由としては、国内の経済的な多様性が乏しくなって、どこの地域もサービス業の雇用中心の似たような場所になったことが挙げられる。

また、地域間の経済格差が縮まらなくなったことも移住減少の要因といえる。以前なら、貧しい地域が豊かな地域の所得水準を追い上げ、貧しい州に新しいチャンスがあることが移住を促す原動力になっていた。しかし最近の傾向としては地域間格差が固定し、貧しい地域が人材を呼び込めなくなり、豊かな地域に追いつくのがますます難しくなっている。

移住減少の悪影響

移住が不活発な社会は、社会の創造性が低い場合が多い。また、移住の減少は

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要約公開日 2019.12.06
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