私たちが毎日当たり前のように食べているお米は、種籾(たねもみ)の選別から実るまでに88もの手間がかかるといわれている。ではそもそも種籾は、どのように農家の手にわたるのか。そのカギは、1952年5月に制定された「種子法」にある。
種子法は、米、麦、大豆の品質を保ち、優良な種子を安定的に生産し、公共の財産として供給していくことを、国が果たすべき役割として定めている。つまり、優良な種子を国が責任をもって供給しなくてはならないとしているのだ。この法律は、栽培用の種子を採取するためにまく「原種」と、そのおおもとである「原原種(げんげんしゅ)」を栽培・生産し、一般の農家へ提供することを各都道府県に義務づけている。
戦後の食糧難の時代に制定されたこの法律は、「二度と国民を飢えさせてはならない」という、時の政府の決意がにじみ出ていると著者はいう。種子法により、農家は高品質で安価な種子を安定的に手に入れることができるのだ。
この種子法は、2018年4月、あっさり廃止された。都道府県は予算を確保できず、原種と原原種の研究や栽培を継続できなくなった。また高齢化に苦しむ農家も、米を育てつつ種子を確保するのは困難だ。その結果、民間の企業が原種や原原種の栽培を担うことになる。
種子の開発には費用と時間がかかるため、資金力のある企業でなければ難しい。参入できる企業は限られるため、企業の考え一つで種子の値段を上げることも可能だ。さらには、効率化のため、米の品種は減らされることになるだろう。
安倍政権は、種子法に代わる新法を閣議決定した。
著者によれば、新法には、多数ある米の品種を絞り込み、最終的に三井化学など民間企業が開発した数種類の米に集約するねらいがあるという。だが、多様な品種が存在すればこそ、予期せぬ気候変動やウイルス、病害虫などから米を守ることができるのだ。種子法廃止によって同一品種が広く効率的に生産され、品種が集約していけば、さまざまなリスクが高まることは自明である。
新法では、都道府県が保有する種子の生産に関する知見を、民間業者へ提供することを促進するとある。提供の対象には、海外の企業も含まれる。
民間へ知見が渡ったら、どのような事態になるのか。予想されるのは、遺伝子組み換え作物で世界トップシェアを誇るモンサント(現バイエル)など、世界の種子企業を支配しようともくろむ多国籍アグリ企業が育種登録したり、一代限りしか使えないF1品種にして特許権を取得したりすることだ。
F1品種は、生長が速く、収穫時期や収穫物の大きさが一定するという特徴がある。つまり、見栄えが良く、流通効率が高い作物を作れるのだ。年間を通して販売できるので、消費者にとってもありがたい。
しかし、孫の代からはその特性が現れないため、農家が毎年種を購入する必要があるうえ、種子の価格は高い。やがて巨大企業の一代限りの品種が大多数となり、価格の高騰を招くことになるはずだ。
多国籍アグリ企業の筆頭であるモンサントは、1998年にカナダ中西部の農家であるパーシー・シュマイザー氏を告訴した。告訴の理由は、モンサントが特許をもつ遺伝子組み換えナタネに対する特許権の侵害だ。
ところが、シュマイザー氏は遺伝子組み換えナタネを購入も栽培もしていなかった。
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