ビジネスの現場で生じる課題には2つのタイプがある。1つは、既存の方法で解決できる「技術的問題」(technical problem)だ。もう1つは、既存の方法では解決ができない、複雑で困難な「適応課題」(adaptive challenge)である。適応課題とは、他の部署に協力を求めてもなかなか協力が得られない場合のように、これといった解決策が見つからない問題を指す。
例えば、ロジカルに提案のメリットを説明しても、何か別の理由をつけてまた断られてしまう。しかも、その理由がいまひとつはっきりしない。こうしたことを繰り返すとき、それは適応課題だということがわかる。
組織のなかで私たちが抱えたままこじらせている「わかりあえなさ」や「やっかいなこと」の背後に、適応課題が潜んでいる。適応課題とは、向き合うことが難しい問題、ノウハウやスキルでは解決ができない問題なのである。
適応課題には、次の4種類がある。1つ目の「ギャップ型」は、大切にしている「価値観」と実際の「行動」のギャップが生じるケースである。例えば、女性の社会進出が必要であるという価値観を受け入れながら、実際の職場での行動は相変わらず男性中心といった場合だ。
2つ目の「対立型」は、互いの「コミットメント」が対立するケースである。社内における営業部と開発部の対立などがわかりやすい例であろう。前者は短期的な業績達成をめざす一方、後者は契約に不備がないことを優先する。こうした枠組みの違いが対立を生む。
3つ目の「抑圧型」は、「言いにくいことを言わない」ケースである。ある事業についてあまり先行きがなさそうだとわかっていても、撤退を切り出しにくい。そのため、あれこれとテコ入れを続けていく、といったケースがこれにあたる。
4つ目の「回避型」は、本質的な問題に取り組むことが痛みや恐れを伴うため、これを回避しようと逃げたり、別の行動にすり替えたりするケースだ。職場でメンタル疾患を抱える人が出てきたときに、役に立たないとわかっていてもストレス耐性のトレーニングを施すといったケースがこれにあたる。
いずれの型も、既存の技法や個人の技量だけでは解決できない。本質的には人と人、組織と組織の「関係性」のなかで生じている問題だからである。ビジネスの現場では、複数の型が絡まり合って、問題が複雑化していることが多い。
適応課題は関係性の問題であり、関係性を改めなければならない。その第一歩は、相手を変えるのではなく、こちら側のナラティヴを変えてみることだ。
「ナラティヴ」(narrative)は、「語り」と訳されることが多いが、本書では「解釈の枠組み」のことを指す。私たちがビジネスをするうえでの「専門性」や「職業倫理」、「組織文化」などに基づいている。
とりわけ対立型の適応課題の場合、こちら側のナラティヴと相手のナラティヴの間に「溝」があると考えられる。ポイントは、こちら側のナラティヴに立つと、相手が間違って見えるのに対し、相手のナラティヴからすれば、こちらが間違って見えているということである。
こちらのナラティヴとあちらのナラティヴに溝があることを見つけて、「溝に橋を架けていく」こと。これが「対話」(dialogue)である。ここでいう対話とは、コミュニケーションの手法ではなく、「新しい関係性を構築すること」を意味する。この対話こそが、適応課題に向き合い、その解消をめざすための手法である。
哲学者のマルティン・ブーバーによると、人間同士の関係性は、2つに分類できるという。「私とそれ」の関係性、そして「私とあなた」の関係性だ。前者は、向き合う相手をまるで自分の「道具」のようにとらえる。これに対し、後者は、相手の存在が代わりのきかないものだととらえている。対話とは、「私とそれ」の関係性を乗り越えて、「私とあなた」の関係性へ移行することを促すものだといえる。
ここからは、関係性の溝に橋を架けていく「対話」の4つのプロセスを紹介する。このプロセスは、準備・観察・解釈・介入から成る。
最初は「準備」である。相手と自分のナラティヴのあいだに溝、すなわち適応課題があることに気づく段階だ。
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