著者はこれまで多くの非行少年たちと面接してきた。そこで気づいたのは、凶悪犯罪を行った少年にその理由を尋ねても、難しすぎて彼らには答えられないことが多いということだ。更生のためには自分の行いと向き合い、被害者のことを考えて内省し、自己を洞察することが必要となる。ところが、そもそもその力がない。つまり「反省以前の問題」を抱えた子どもが大勢いるのだ。
彼らは簡単な足し算や引き算ができず、漢字も読めないだけでなく、見る力や聞く力、そして見えないものを想像する力がとても弱い。そのため話を聞き間違えたり、周りの状況が読めなくて人間関係で失敗したり、イジメに遭ったりしやすい。それが非行の原因になっているのだ。
こうした子どもは、小学校2年生くらいから勉強についていけなくなる。やがて学校に行かなくなり、暴力や万引きなど問題行動を起こすようになる。軽度知的障害や「境界知能(明らかな知的障害ではないが状況によっては支援が必要)」があったとしても、気づかれることはほとんどない。学校では「厄介な子」として扱われるだけだ。
非行は突然降ってくるわけではない。必要な支援がうまく届かず、手に負えなくなった子どもたちが、最終的に行き着くところが少年院なのだ。
児童精神科医として公立精神科病院に勤務した後、著者は、医療少年院に赴任した。そこで驚いたことがいくつもある。その一つが、凶悪犯罪に手を染めていた非行少年たちが「ケーキを切れない」ことだった。著者は、紙に描いた丸い円をケーキに見立て、「3人で食べるために平等に切ってください」と促した。すると、ある粗暴な言動が目立つ少年は、悩んで固まってしまった。少年といっても中高生だ。その年頃で「ケーキを切れない」ようでは、非行の反省や被害者の気持ちを考えさせる従来の矯正教育を行っても、効果は見込めない。こうした少年たちは非常に生きにくいはずだ。だが、学校がそこに気づくことはなく、非行化して少年院に来ても理解されず、ひたすら反省を強いられてきた。これこそが問題なのだ。
著者が幼稚園や小中学校で学校コンサルテーションや教育・発達相談を行う中で、よく挙がってくる問題がある。例えば、感情コントロールが苦手ですぐにカッとなる子ども。嘘をつく子ども。そして、じっと座っていられない子どもの存在だ。彼らの特徴は、実は少年院にいる非行少年の小学校時代のそれとほぼ同じである。
幼女への強制猥褻罪で逮捕された16歳の少年は、次のように語った。「勉強についていけずにイライラして悪いことをした。特別な支援を受けられていたら、ストレスが溜まらなかったと思う」。もし小学校で特別支援教育につながっていたら、彼が少年院に来ることもなく、被害者を生まずに済んだかもしれない。
一般的に、IQが70未満で、社会的にも障害があれば知的障害と診断される。この基準は1970年代以降のものだ。1950年代の一時期は、IQ85未満が知的障害とされていたことがある。だが、この定義では全体の約16%の人が知的障害となり、あまりに人数が多過ぎる。支援現場の実態にそぐわないなどという理由で、基準がIQ70未満に下げられた経緯がある。
時代によって知的障害の定義が変わっても、事実が変わるわけではない。現在、IQ70〜84は「境界知能」にあたるが、ここに相当する子どもたちは、知的障害者と同じしんどさを感じており、支援を必要としているかもしれない。こうした子どもたちの割合は約14%と算定される。つまり、標準的な1クラス35名のうち、下から数えて5人程度は、かつての定義であれば知的障害に相当していた可能性があるのだ。
障害を持った非行少年たちは、少年院を出た後は社会で真面目に働きたいと思っている。だが、その多くは、理解のある会社で職を得ても、長くて3カ月くらいで辞めてしまう。認知機能の弱さ、対人スキルの乏しさ、身体的不器用さ。これらが原因となり、非行に理解はあっても発達障害や知的障害の知識が不十分な雇用主から叱責され、やる気があっても続けられないのだ。
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