真の集中とは、「頑張らない集中」のことをいう。我慢も無理もせず、自然に集中している状態のことだ。
好きなことを実践している時の、自分の状態を想像してみるとよいだろう。なんの無理も我慢もせず、「頑張らずに」集中しているはずである。だから集中するためには、まず「頑張ろう」という気持ちを捨てるべきだ。
こういうと多くの人は、「好きになれなきゃ集中できない」と勘違いするのではないだろうか。それは誤解だ。好きなことでなくても集中できる方法がある。
それは、「前のめり」になることだ。「前のめり」とは、自然に能動的になっている状態のこと。東大生が勉強に集中できるのは、この「前のめり」の姿勢が優れているからだ。教授の話を聞く時、問題を解く時、文章を読む時、人に何かを話す時などに、自然と前のめりになっている。この状態を目指そう。
もちろん好きで楽しめる物事の方が、前のめりにはなりやすいだろう。しかし「好き」「楽しい」のほかに、損得勘定や競争意識、単純な興味や怒りが前のめりの姿勢へと導いてくれることもある。
集中の本来の姿は、「1つの物事しか考えられない状態」だ。だから集中するためには、集中したい対象を明確にし、それ以外のものを切り捨てなければならない。
「とりあえず頑張ってみよう!」「いろんなことに対して集中しよう!」と思っても、なかなかできるものではない。前のめりの対象を決めたら、それ以外は切り捨てよう。そうして、いらないところに労力を割かないようにすることだ。
価値を感じていないことに前のめりになることはできない。例えば勉強したくないという学生は、勉強の価値を発見できていない。「この職業に就くためには、この大学に行かなきゃならなくて、そのためには今のこの勉強は非常に役立つはずだ」というような思考で納得感を得られれば、勉強に対して前のめりになれるだろう。つまり、自分の目標に繋がることには、自然と能動的になれるということだ。
そこで著者は、目標を立てることを勧めている。なぜなら、目標を立てるというのは、能動的に自分で選ぶことに他ならないからだ。「タスクを4つ終わらせる」なのか「本を2冊読み終える」なのか「10人の人に感謝される」なのか。どんな目標を立てるにせよ、その過程で何らかの選択をしているはずだ。
自分で「選択」するという行為から、選択した物事に対する「納得感」が生まれ、さらには本気で取り組もうとする「前のめり」の姿勢が生まれるのだ。
前のめりになる対象を決めたら、目標を明確にしよう。これは意外と簡単で、数字で1つ、目標を決めればよい。「次のテストで80点を取る!」「この本を30ページ読む!」という風に、目標に数字を入れるようにする。
数字を入れた目標を設定する理由は、「切り捨て」ができるからだ。
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