健康心理学者である著者は、長い間、授業や研究などで「ストレスは有害である」と述べてきた。しかしある研究結果をきっかけに、それまでの考え方を見直しはじめた。その研究結果は、1998年にアメリカで3万人の成人を対象に得られたものだった。まず参加者に対して、「ストレスを感じたかどうか」、「ストレスは健康に害をもたらすか」という質問が行われた。そして8年後の追跡調査で、参加者のうち誰が亡くなったかを確認した。その結果、死亡リスクが高まっていたのは、強度のストレスを受けた参加者のなかでも、「ストレスは健康に悪い」と考えていた人たちだけであった。
ストレスそのものではなく、ストレスをどう捉えているかが、健康状態を左右する――こうした考え方は、従来の考え方と異なるものであった。一方で健康心理学者である著者は、ものごとに対する考え方が健康と寿命に関係するということを、他の事例を通して認識していた。たとえば「年齢を重ねることをポジティブに考えている人は、ネガティブに考えている人よりも長生きする」、「他人を信用できると考えている人は、信用できないと考えている人よりも長生きする」といったことはわかっていた。
そこで著者は、過去30年間の科学的研究と調査の内容を詳細に調べ、データを見直した。そして最終的に、それまでのストレスについての考え方を改め、「ストレスを受け入れることが正しいストレスマネジメントである」という結論に達した。
最近の研究で、マインドセットは長期的な健康や幸福感、成功に影響するという事実が明らかになってきている。
また、簡単な介入実験に1回参加するだけで、マインドセットは変えられることもわかった。ここでは心理学者アリア・クラムによる、ストレスに関するマインドセットの実験を紹介したい。参加者は2種類のビデオ映像のどちらかを観たあと、模擬面接を受けた。どちらのビデオも実際の研究事例を引用したものだが、一方はストレスによるパフォーマンスの向上など、ストレスのよい点を語り、もう一方はストレスが健康を害するなど、ストレスの悪い面を語っているものであった。その後、被験者の唾液を分析することで、ストレス反応を確認した。
ストレスを感じた際に分泌されるホルモンとして、コルチゾールとデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)がある。コルチゾールは代謝を助け、ストレス負荷がかかっているときにはあまり重要でない、消化や生殖などの生物的機能を抑える働きを持つ。一方でDHEAは脳の成長を助ける男性ホルモンで、治癒力と免疫機能を高める働きを持つ。
双方とも重要なホルモンだが、長期的なストレスに対してはDHEAの割合が高い方が、ストレスに関するさまざまなリスクが減った。コルチゾールに対するDHEAの割合は、ストレス反応の「成長指数」と呼ばれており、成長指数が高いほど、ストレスに負けずに対応できるようになる。
模擬面接が始まると、どちらのグループの被験者も、コルチゾール値が上昇した。しかし面接前に「ストレスにはよい効果がある」というビデオを観た被験者は、「ストレスは健康に悪い」というビデオを観た被験者に比べてDHEAの分泌量が多く、「成長指数」が高かった。「ストレスが役に立つ」と考えたことによって、生理的状態が変化したのだ。
現在参照されているストレス研究のほとんどは、人間ではなく実験動物を対象に行われていたものだ。
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