エンジェル投資家とは、創業間もない企業に個人で資金を提供する投資家を指す。米国では以前から多くの投資家が積極的に活動していた。だが、最近になって日本でも急速に台頭し始め、スタートアップ業界盛り上がりの立て役者となっている。
エンジェル投資家の多くは成功した起業家出身だ。ビジネスで培った目利き力を活かし、成長初期の企業に自己資金を提供する。投資候補の中には、製品やサービスを公開する前だったり、ビジネスモデルをまとめたプレゼン資料しかなかったりする企業もあるという。エンジェル投資家は、自らの判断でリスクを負い、長期保有を前提に、それらの企業に投資する。
投資額の大半は数百万円から1千万円前後。うまくいけばホームラン級のリターンを期待できる。たとえば、時価総額が1億円の企業の株式を10%保有していた場合、その価値は1000万円だ。その企業が時価総額1000億円のユニコーン企業に成長すれば、手元の株式価値は100億円に跳ね上がる。
一方で、スタートアップの成功は「千三つ」といわれるほど厳しい世界でもある。中小企業庁の調査によると、新たに設立された会社のうち、約2割が1年以内に廃業するという。株主の地位は債権者に劣後するため、廃業すれば、たいていの場合、保有する株式はただ同然となってしまう。
これまで日本でも若き起業家を親身になって支援する人は数多く存在した。ただし、投資家として複数のスタートアップ企業に自己資金を投資する人はわずかだった。ベンチャー企業に投資するといえば、ベンチャーキャピタル(以下VC)や銀行が主だったのだ。VCとは、スタートアップへの投資を専門とするプロフェッショナル集団を指す。それらが相手にするのは、主に設立後数年が経過して事業が軌道に乗った企業だ。日本では創業初期を支える資金の出し手が長らく不足していたのである。
では、これまでエンジェル投資が活発でなかった理由は何だったのか。それは、起業経験を持つ富裕層の数が少なかったこと、未公開株への投資自体が世間から理解されにくい傾向にあったことが挙げられる。
エンジェル投資家に加え、最近は大企業の投資意欲も高まっている。事業会社からスタートアップ企業への直接投資は、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を含め、急拡大している。その背景には、技術革新による産業構造の変化が進むにつれ、本業に安住できないという事業会社の危機感がある。起業家側も、IPOだけでなく大企業への売却を前向きに受け止めるようになってきている。
エンジェル投資家と起業家の出会いは、よりカジュアルになってきた。積極的な起業家は、SNSなどを通じて投資家に直接アプローチをする。投資家は、気になった案件があれば、SNSのチャット上で一次面接を実施。さらに興味が湧けば、ピッチと呼ばれる対面面接に移る。
起業家は著名なエンジェル投資家に対しては、特に熱烈にアプローチする。単に金銭的なメリットがあるからだけではない。的確な経営助言を期待できること、著名投資家から投資してもらうと箔がつき、他の投資家からの関心を集めやすいこと、出資決断のスピードが格段にはやいことに、メリットを感じているためだ。
一方の投資家は、投資判断のポイントとして起業家の人間性を見ている。「1番目は人、2番目はアイデア、3番目にマーケット」という投資家もいる。とはいえ、スタートアップ企業は不確定要素が多く、適正な時価総額を算出するのは、決して簡単ではない。実際の算定は投資家の勘や経験が多分に反映され、「アートの世界」といわれるほどだ。その時期の景況感や流行にも大きく左右される。投資家がいくら起業家の才能やビジネスのアイデアを気に入っても、最終的に価格面で合意できなければ、交渉は暗礁に乗り上げてしまう。
ビジネス界だけでなく、スポーツ界、芸能界にもエンジェル投資家が増えてきている。
サッカー選手である本田圭佑氏の累計投資件数は、50社を上回る。これまで、発展途上国でのサッカー教室開設や学校建設の社会活動を行ってきた。だが、自分の寄付だけでは限界があることに気がつき、そこで始めたのがエンジェル投資だった。投資ならば獲得したリターンを次の投資に回したり、寄付に使ったりすることも可能だ。才能豊かな起業家を多数支援することで、よりよい世界に一足跳びで近づけるのも、エンジェル投資家の魅力だという。
近年、ミレニアル世代のエンジェル投資家が立ち上げたVCが相次いで産声を上げた。そして、VC業界の顔ぶれが多彩になっている。
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