この1、2年で目立ってきた就職と起業を巡る新しい傾向として、次の3点が挙げられる。
①やりたいことがあるから起業した。
②新卒就職は2番目の選択肢だった。
③起業しやすい環境が整ってきた。
言うまでもなく、起業家にとっては「やりたいこと」が一番大事なことであり、それを実現するために起業するのであるが、これまではこの当たり前のことが出来なかった(その理由は後述する)。しかし、最近はこの当たり前のことをシンプルにやってみようと考える学生がたくさん現れてきた、というのがスタートアップをめぐる新しい傾向であり、著者であるMOVIDA JAPANはそんな若者たちの味方となることを目指している。
彼らはもちろん、すべての学生が起業するべきだ、などと主張しているのではない。学生時代にやりたいことを発見した若者は、周囲と同じく就職するのではなく、ぜひスタートアップにチャレンジしてみてはどうかと考えているのである。彼らは大企業の多くが採用している「新卒一括集団採用」を、学生が「卒業直後を逃すと就職する機会がない」という不安を抱いている原因となった、前世期の遺物であるとみなしている。一方で若者は「一流企業に入社すれば一生安泰」が神話に過ぎないということも認識しており、大企業に就職しても不安だが、新卒時に就職しないのはもっと不安、という2つの不安を抱えたまま、「自分が本当にやりたいことは何か?」と真剣に考えることなく就活を始めてしまうのだ。もうそんな時代ではないことを、採用する側もされる側もどちらもよく分かっているにもかかわらず。
MOVIDA JAPANの支援先の1つで、ソーシャル旅行サービスを手掛けるtrippiece(トリッピース)の代表取締役・石田言行氏は大手広告代理店である博報堂から内定を辞退して起業を決めた。同じく、オンラインギャラリーサービスのCreatty(クリエッティ)を立ち上げた大湯俊介氏は、コンサルティング会社への就職よりも起業の道を選択した。この二人には社内起業や2~3年の社会人経験を積んでから起業することも可能だったはずである。しかしながら、大湯氏はこう答える。「3年後にもらえる年収を捨ててまで起業に踏み切れるのか」「やりたいことを先に延ばして結局やらないよりも、先にやっちゃったほうがリスクが少ないんじゃないか」と。彼らはあくまで自分のやりたいことを最優先の選択肢と捉えているのである。
学生起業家の事例を見ると、「スタートアップはお金がかかるから学生には無理、起業した人はお金持ちの息子で、特殊な育ちだから就職しないで起業できるのだろう」と考える人がいるかもしれない。しかしながら今は①起業への参入コストが劇的に下がったこと、②若者の起業を支援する動きが出てきたこと、という2つの変化によって起業に対する敷居は大幅に低下した。
起業への参入コストは、この数年間でサーバーの利用代金が驚くほど安くなり、動画をYouTubeなどにアップロードしたり、FacebookなどのSNSに写真や動画を投稿したりするのは無料、楽天・Amazonを通じてEコマースを始めることも月に数千円から数万円で出来る。以前はサーバー投資などに多額の資金が必要であったことを考えれば、一〇年前に比べIT機器関連コストは一/二〇~一/一〇〇になった。また、IT機器だけでなく、コワーキングオフィスと呼ばれる、少人数のスタートアップに向けた共同オフィスを使えば、家賃も削減できる。若者の起業を支援する動きとして、シードアクセラレーションと呼ばれる、起業支援・育成の仕組みが挙げられよう。起業したばかりのビジネスは、植物でいえばまだ種(Seed)と言え、その種の成長を加速させる(Accelerate)ことが彼らの仕事である。本書の著者であるMOVIDA JAPANのシードアクセラレーション事業では、選考を経て選ばれたシードビジネスに対して一件当たり五〇〇万円の創業資金を供与しているほか、スタートアップの成長を加速させる「人的ネットワーク」と「事業立ち上げノウハウ」を提供するMOVIDA SCHOOLを開催している。
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